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13話ー③

※改ページ位置を修正しました。

このページの前半は、13話ー②の後半にあったものです。最後のところは新しく追加しました。


「じゃあな。」


「うん。またね。」


ダンスレッスンが無事終了して、客人を見送るノワールの姿を、エスターニュ家の使用人たちはいささか複雑な面持ちで眺めていた。


使用人のなかでも見送りに出たのは、マリー夫人とモルフィスと、ほんの数人。野次馬をしていた面々である。あまり大勢でははしたないので、普段からノワールの側近くに控える者だけにしたのだ。


「私、若君様のこと結構知ってるつもりだったんですよね…」


遠い目をしたモルフィスが呟く。台詞はあからさまに過去形だった。

隣でマリー夫人が無言で頷く。


「仕事のできる有能な若い主人で。」


「ええ。」


「普段は無愛想だけど、色恋沙汰には結構ロマンチストだと思ってました。」


「私もですわ。」


相槌を打って同意するマリー夫人もモルフィスと似たような表情で遠くを見つめた。


彼等にとって、今日のノワールの姿はまるで見慣れないものだった。ネロをからかって、声を上げて笑って、躊躇いなく手を取って、髪に触れて。

自邸の侍女であるマリー夫人でさえ、怪我をさせてはいけないからと、その身に触れることは許さないのに。


「…ただのやんちゃな少年みたいでしたねぇ…」


しみじみとマリー夫人が言って、今度はモルフィスが頷いた。


彼らがノワールに初めて出会ったのは、彼が13歳だった頃。学園へ通うために領地から王都へ出てきた時だった。


その頃のノワールは魔力の制御がほとんど出来ず、自室に半ば幽閉されている、根暗で不機嫌そうな子どもだった。


数年が経って、そんな彼がクラスメイトや好きな女の子の話をぽつりぽつりとするようになって、使用人たちはやっとノワールとまともに会話ができるようになった。


「…正直、若君様が心変わりするなんてあり得ないと思っていました。」


モルフィスがなんともいえない渋い顔になる。

エスターニュ家の使用人たちは、もちろんノワールがウィーネを好いていたことを知っている。それこそ、ウィーネはノワールと触れ合えるきっかけを作ってくれた恩人のようなものだ。


モルフィスだってもちろん、不器用な若君の恋を応援していた。

応えてくれないウィーネ嬢を見る目がないと嘆いて、願わくばノワールの恋心が実れば良いと思っていた。


自分が振られたような顔をするモルフィスを、マリー夫人が笑い飛ばす。


「まぁモルフィス、一生叶わない恋に囚われろなんて酷いわ。」


「いや、その。」


言い訳も出てこないまま、モルフィスは気まずそうに黙った。

でも、ノワールの恋を応援していたからこそ、ネロとの婚約話は形だけだと思っていたのだ。

ノワールが言葉少なに話すところによれば、ネロはあくまで友人だったし、話を聞いていても実際に姿を見ても、青年のような人だったし。


「…今日の若君様、楽しそうでしたわね。」


マリー夫人が言った。

モルフィスを笑い飛ばしたときとは打って変わって、どこか寂しそうな声音だった。


「ええ、とても。」


それはもう、悔しくなるくらいに。

毎日側に居るのに。同じ場所に住んでいるのに。彼らの知らない心から楽しそうなノワールの姿を、ネロはあっさりと引き出してみせた。


悔しい気持ちがあろうとも、幸せそうな主人を見て、モルフィスやマリー夫人が嬉しくないわけがない。


「魔法士のローブも凛々しかったですけど、ドレスもお似合いでしたし。」


もとよりネロの容姿を、女物の衣装すら着こなしそうな美青年と思っていたマリー夫人である。今日のネロは思った通り綺麗で眼福だった。

そして衣装を変えてしまえば、想像よりずっと女性らしかった。


「若君様、ほんとに…本気なんですね。」


諦めたように、呆れたように、モルフィスは小さく笑った。



―*―*―*―*―*―*―



「楽しそうでしたね、ネロ様。」


帰りの馬車の中、フィリアはネロにそう声をかけた。ネロは灰黒の目を泳がせて一瞬躊躇ったあと、頬を染めて頷いた。


「…うん。」


最近ネロがこうやって見せてくる仕草のひとつひとつに、フィリアはとてもびっくりしている。とはいえフィリアの驚きは顔に出ないので、周りからはどこがだと言われるに違いないのだけれど。自分の表情が乏しいらしいことは、フィリアも多少は自覚している。


ネロは綺麗な人である。

男だか女だかわからない振る舞いが許容されてきたのは、その美貌によるところが大きいんじゃないかと思う。

多くを語らず、しかし聡明で察しがいい。訳知り顔で薄く微笑まれれば誰もが一瞬言葉を失うような雰囲気がある。

穏やかな、ミステリアスな人。


もちろんフィリアはネロが普通の人なのを知っている。この間の遠征みたいに、体力を使い果たして風邪を引いたりもするし、誰かに揚げ足を取られないように気を張って、こっそり疲れているらしいこともなんとなく知っている。


ネロがそういう当たり前の弱さを隠して当然と思っていることも知っている。それと同じように、ネロ自身がが女性であることも、隠して当然と思っていることを知っている。


「良かったですね。」


今日エスターニュ館での様子を見ていて、フィリアは心からそう思った。


年上の主人に言うことではないかもしれないが、女の子として、好きな人とダンスをするネロはとても幸せそうだったので。


「フィリア。」


「どうかなさいましたが?」


「その…恥ずかしいから、その辺でもう、勘弁して。」


「……承知いたしました。」

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