13話ー②
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さて、それから随分と踊らされた後、先生が言った。
「そろそろ休憩にいたしましょうか。」
正直ネロはかなり疲れていたので、このひと言は大変ありがたかった。分かってはいたけれど、この先生なかなかスパルタだ。
こちらへどうぞと促されるままエスターニュ家の侍女に着いていくと、隣室にお茶の用意が整えられていた。
大きなグラスに入った冷たいお茶と、少しオレンジがかった色のクッキーが机に並んでいる。
「お疲れ様。」
ネロが声をかけると、ノワールも頷いた。
「あぁ。…お前もな。」
早速お茶を頂いてみると、ほのかにミントの香りがする。運動で疲れたところにさっぱりした口当たりがおいしい。クッキーはチーズ風味で、甘じょっぱいのがあとを引く。
しばし無言で休憩。
冷たいミントティーを飲み終わると、温かい紅茶が提供された。動いたあとで冷たいものばかり欲しくなるけれど、そういえば2月だったと思い出す。さすが侯爵家というべきか。細かいところまで心遣いが行き届いている。
温かい紅茶で一息つきながら、ネロは何気なくノワールに話しかけた。
「ノワール、別にダンス下手じゃないよね。」
ネロの体感的には、練習はかなり順調だ。
一通り、恥をかかない程度に踊るのなら、もう十分じゃないかと思う。もっと美しく洗練されたダンスを披露するためにと先生からの激励は止まないが、要求されていることはかなり難しいレベルではないだろうか。
もちろん、ネロがそう思うだけなので、侯爵家基準ではまだまだなのかもしれないが。それでも、本番で恥をかく心配は大分なくなったように思う。
それに、そもそも最初から目も当てられない出来栄えというわけではなかった。
「……。」
否も応もない無言を不思議に思ってノワールの表情を伺えば、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして黙っていた。
「?どうかした?」
「そもそも俺は、」
いいかけて、彼は大きくため息をつく。
「相手がお前なら問題はないと言ったんだ。」
「…どういうこと?」
「お前なら、俺が近づいても怯えないし、何かあっても怪我もしないだろう。」
「ああ。なるほど。」
ネロは、自分も練習相手を誰にするのか迷ったのを思い出す。結局兄がその役を買って出てくれて事なきを得たけれど、ノワールには適任と言える相手がいなかったのだろう。さぞぎこちない練習になったに違いなかった。
「それは心配されるね。」
「別にステップがわからなかったわけじゃない。」
疲れたような声音にネロは小さく笑う。
パートナーとして手を取ってもらったので、ノワールがそこそこ踊れていたのはわかっている。
「お前こそ一応様にはなっているな。」
「練習したんだよ。」
返事をしながらそう言ってもらえたことにホッとする。頑張っておいてよかった。
「夜会でワルツなんて踊ることがあるとは思わなかったなぁ…」
しみじみ呟けば、ノワールの目が興味深げに動いた。
「お前は必ずローブだったな。」
夜会の衣装の話である。
「うん。…ドレスを着たのなんてデビュタントの1回きりだよ。」
「…。」
ノワールが無言でネロを見つめた。
「…なに?」
「…いや。」
目を逸らしてはぐらかされる。何かおかしなことを言っただろうか?数秒考えてはっとする。
これはもしかして、長いこと着ていなかったし着る気もなかったドレスをノワールのために着るのだと白状したことになるだろうか。
それはちょっと、いや、大分恥ずかしい事を言った気がする。他ならぬあなたの誘いだったので…なんて。どこの歌劇だ。でもその通りなだけに笑えない。
いたたまれなくなって視線を逸らすと小さな窓から外が見えていた。空は快晴。でも2月の晴れ間は空気が乾いて寒そうだ。
「似合わないとは思っていなかったが、」
ノワールの声に視線を向けると、今度は彼がそっぽを向いた。
「そういう格好も、その、いいと思う。」
ノワールの耳の先が赤い。その熱が移るようにネロの頬も赤くなった。今日最初に会ったとき、らしくないだろうと不貞腐れていたのを慰めてくれたのかもしれないが、お互い自爆だ。何をしているんだか。
二人とも目が合わせられなくなったところで、そろそろ始めますよ、と先生から声がかかった。
未だ赤さの残る顔を見合わせて小さく笑う。
「行こう。」
先に立ち上がったノワールが、ネロに向かって手を差し出した。もうすっかり女の子扱いだ。別にひとりで立てないわけじゃないのに。
「……うん。」
それでも、ネロは素直にその手を取った。
変わったな、と思う。
そうやって変わってしまったら寂しいかもなんて、なんだか怖いような気もしていたけれど。
伸ばされた手も、大きな手のひらも、ちゃんと嬉しかった。




