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感情予報

 


「今日も綺麗だね、神宮さん」


 呑気に現を抜かす男は、どこからか転校生としてこの学園に現れた、新良雷(あらしらい)と名乗る紛れもない悪魔だ。

 その悪魔に、何故か正式な交際の申し込みをされた私は、天使である。


 天使と悪魔は長い歴史の中で、敵対する存在として時を刻んできた。


 私が天使だということを知ってか知らずか、何と悪魔である彼は、私を好きだと言ったのだ。


 過去に幾度となく彼の種族に消滅させられた仲間の無念を想うと、この悪魔がしている人間の真似事は、到底許される愚行ではない。


 勿論口を効かないし、馴れ合う気なんてさらさらーーー。


「新良くんは天ちゃんのどこが好きなの!?」


「天使みたいなところかな」


「あの噂の新入生と付き合ってなかったの?」


「艶子とは幼馴染で、まあ、妹みたいな存在だよ」


 私を間に挟んで、声量を落とすことなく質問攻めしている杏ちゃんと栞奈ちゃんに、清涼のある笑顔で交わしていく新良くん。


 昨日の告白現場を見ていたクラスメイトの誰かが『新良は神宮が好きらしい』と言いふらし、好奇心の連鎖は留まらず、昼休憩に入る頃には学年中の生徒にその話が知れ渡ってしまった。

 当の本人は開き直り、私への態度を包み隠さず他人にアピールしているというのが、今に至るまでの経緯だ。


「で、天ちゃんは!?好きなの!?」


 矢印は私に向けられ、杏ちゃんはキラキラと瞳を輝かせる。


 これ以上大事にされては堪らないと、私は大きく溜息を吐き、隣の席の悪魔を睨みつけた。


「………お断りしたはずですけど」


「うん。でも友達からよろしくってことでしょ?」


 なんだコイツは。

 悪魔の都合がいいように自身の記憶を改ざんしているのだろうか。

 一言も「友達から」なんて言ってないし、そもそもそれってお互いのことをよく知ってから関係の発展を目指していきましょうという宣言でしょう!?


 ないないないっ!

 関わっていくうちに、私が天使だとバレたらきっと見る目が変わって、消滅させようと企み始める。

 そうに決まってるんだから。


「天は新良が嫌いってこと?」


「…そう。私、新良くんのこと、あんまり好きじゃないの」


 フンと顔を逸らすと、ふと目に飛び込んできたのは青空だった。


 ………あれ?今日ってこんなに晴れていたっけ。


「わー!天ちゃん!新良くんがすごく落ち込んでるよ!?ちょっとくらい新良くんと仲良くなってみてから返事してもいいんじゃない!?」


 あからさまにショックを受けている新良くんの周りを、慌てふためきながら飛び回る杏ちゃんに、私は眉を下げる。


「もともと私は恋愛に興味が無いし…」


「きっと逃げてるだけだよ!追われる恋を楽しんでみたら!?」


「杏、気持ちはわかるけど、それは天が決めることよ」


「そうだけど!新良くんって結構モテてるんだよ!?顔も頭も運動神経も良いし、天ちゃんだって一年の頃からみんなの高嶺の花でしょ!?そんなの漫画じゃん!!」


「そんなミーハーなこと言って…。天が困ってるよ」


 苦笑する私に、杏ちゃんは肩を落とした。


「でもさ、私もちょっと意外だなって思ったよ。天って好き嫌いなさそうというか、苦手な人間いなさそーって思ってたから。頑なに新良を嫌う理由はちょっと知りたいかも」


 栞奈ちゃんは不敵にも口の端を上げる。

 冷静に物事の本質を見抜こうとする栞奈ちゃんと鋭さには参ってしまう。


 私が新良くんを嫌う理由は、まさに彼が人間ではなく悪魔だから。

 それが全てである。


 …って、そんなこと言えるわけないよね。


「もしかして、新良の顔がタイプじゃない?」


「栞奈…本人の前でよく聞けたね!?」


「大体恋愛対象に入るか入らないかって、顔か声が匂いでしょ」


「そうなの!?」


「杏うるさい。私は天に聞いてんの」


「どうなの天ちゃん!」


 大きく目を見開いている二人の圧に負け、そっと視線を新良くんに移す。


 顔のタイプとか…ないと思うけど。

 風が教室に吹き込めば細かく髪が揺れるほどサラサラな髪質は良いと思うし、肌の白さに対し厚みのある体も異性という面で魅力はあるものだと思う。

 切れ長の目と長い睫毛は憂いさを纏っており、形と血色のいい唇に鼻筋が通った横顔は、造形美と表現するに等しい。


「………顔は…良いと思うけど」


「!」


 湿度を感じる雰囲気を漂わせていたはずの新良くんの黒い瞳は、ボソリと呟いた私の一言に反応し、期待を膨らませた眼差しに変わった。


「うわっ、雨入ってきた!」


「窓閉めろー!」


 暖かな太陽の光を浴びていた窓際の席は、全開だった窓から入り込んできた大量の雨粒によって、濡れた部分は色が濃くなっている。

 急変した天候に気づいた生徒たちはあわてて閉めたが、制服の片側が湿っている人もいた。


 私が今朝補充したみんなの運が、減っている。


 ザアァと勢いを増す雨模様に、やはり隣の席にいる悪魔は嬉しそうな表情に染まっていた。


「………」


 天候の悪魔は、自由自在に天候を操る能力があると言われていたが…もしかして、悪魔自身の機嫌や感情にも直結しているのかもしれない。


 窓の外を見て、私はその仮説を立証するため、あることを決意した。


「新良くん、生徒会室に行こっか」


 放課後になり、自ら誘ってみる。


「えっ、うん」


 戸惑いながらも立ち上がる新良くんに微笑むと、彼も同じように返してくる。

 すかさず天気の様子を窺うと、先ほどより雨足が強くなり、遠くの雲では雷光が見えた。


 喜びの感情を抱くと、大雨というよりは雷雨になるのか。なるほど。


 じゃあ次!


「…で、一年間の行事は以上。近いうちに行われる体育祭では、希望競技のアンケートをまとめてプログラムを構成。それを冊子にして全校生徒に配布。当日はプログラムの進行を放送委員に報告する役割と、各クラスごとの点数を計算する役割と、怪我人や体調不良の生徒誘導かな」


 本日の生徒会は、約二ヶ月後に行われる体育祭について、生徒会長が書類をもとに情報共有する時間だった。


「俺は会長の補佐ね〜」


「赤妻くんは単独での仕事もあるわよ。計算は会計の新良くん。生徒誘導は神宮さんと花井さんにお願いできるかしら」


「えー!?私がこの女と!?ムリムリ!雷と一緒がいいんだけど!」


「花井さん、貴方特別に生徒会に入れていることを忘れたの?」


「…ハイ。ワカリマシタ」


 関係は既に出来上がっており、相変わらずおさげ姿の会長がこの空間を完璧に掌握している。

 堂々とした態度と口調がそうさせるのか、天使と悪魔も吸血鬼も、誰も彼女を見下そうとする気配はない。


「プログラムが完成した後に作成する冊子に関しては、一人二〇〇部近く任せるつもりだから、周りの友人に手伝ってもらったりして、負担を減らしてね」


「神宮さん、一緒にやろう」


「杏ちゃんと栞奈ちゃんに手伝ってもらうから大丈夫」


「え…」


 悲しそうに声を漏らした新良くんを確認し、生徒会長の背後に映る雨の水滴を見つめていたが、暗い影の中で明度を取り戻し、晴れ間が覗いていた。


 悲しい時は雨が晴れになるんだ…。

 人間とはまるで正反対ね。悪魔なんだから当たり前か。


 本日の生徒会は解散となり、生徒会長と赤妻さんは今後の打ち合わせのため生徒会室に残ったが、私と新良くんと花井さんはまた三人で肩を揃えることになった。


「無能な人間のくせに調子乗んじゃないわよ。雷と結婚するのは私なんだから」


 悪態をつく花井さんには、無言で聞き流せるほど慣れてしまっていた。


 階段を降りる三人の足音が、やけに校舎に響く。

 今日は人間に運を分け与えすぎたから、少し疲れが溜まっているのか、爪先に力が入りにくいなぁなんて考えていたその時。


「人間なんかすぐ死んじゃうくせに」


 背筋の凍るような殺気を感じた時には遅かった。


「あっ…」


 背中の中心を押し出され、ゆっくりと全身が前に倒れていく。

 降りかけた階段の下はまだ高く、人間が落ちたら無傷では済まないどころか、打ちどころが悪ければ最悪命を落としてしまうだろう。


 重力に逆らえば、私が天使だと悪魔に知られてしまう。


 このまま転げ落ちたら腕が足の一本でーーー。


「神宮さんっ!」


 時の流れに身を任せようと瞼を閉じかけた刹那。

 黒く大きな影に包み込まれ、体が宙に浮いているのかと錯覚するほど軽くなった。


 朦朧とした意識とともに拓けていく視界に、新良くんの顔がある。

 瞬きをしながら、今の状況を把握した。


 階段から落ちそうになった私を、新良くんが受け止めてくれているんだ。

 人間ならば信じられない光景だが、彼は悪魔だ。天使同様、重力を無にすることも容易い。


 私を抱えたまま、彼はストンと静かに降り立った。

 何も言わず、私の体も足の方から丁寧に下ろしてくれた新良くんに、お礼を口にしなければと唇を動かす。


 が、それは怒号にも似た落雷によっては阻まれた。

 驚きの声も間に合わぬほどの爆音と地響きと、すぐ隣からあらゆる分子を通って伝わってくる凄まじいプレッシャーに、手足が震える。


「艶子」


 新良くんの、顔が見れない。


「ひっ…!ご、ごめんなさっ…!もう、もうしないっ…もうしないから、お、怒らないで…」


「約束できるな?」


「ハイッ…約束する、約束します…!」


 一連のやり取りを終え、花井さんはどこかへ走り去ってしまった。

 息を吸うのも吐くのも許されなかったはずの空間が徐々に緩まってきた頃、すっと差し伸べられた手は私の頬を撫でた。


 その指が雫を掬ったのを見て、初めて自分が涙を流していたことを自覚する。


「怪我はない?神宮さん」


「………う、うん」


 多分、この悪魔に底知れぬ恐怖を感じていたのだろう。


 今はもう、いつもの新良くんだ。



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