噂の新入生
新しい後者にも慣れ、一ヶ月が経った頃。
ある噂で生徒は盛り上がっていた。
「ねえねえ、天ちゃん聞いた?後輩の話!」
お弁当を机に広げた杏ちゃんは、唐突に話題を切り出す。
購買でおにぎりと惣菜パンを買い、席に戻ってきたばかりの私と栞奈ちゃんは商品を抱えたままだった。
「何それ」
興味無さげな栞奈ちゃんは、購入した惣菜パンの袋を早速開けた。
私も椅子に座り、おにぎりを机に置いて姿勢を正す。
「知らないの!?モテまくってる女の子!いただきます!」
両手を合わせて、綺麗な箸の持ち方で豪快にお弁当の中身を平らげていく杏ちゃんの食べっぷりは、爽快さがあった。
「誰?」
「名前はね…なんだっけ?なんか…ちょっと古くさい名前だったような…?」
「花子みたいな?」
「そう!それ!花子だ!」
さすが幼馴染、意思疎通が完璧だ。
二人の阿吽の呼吸に感心していると、私たちの間を割くように紙パックの牛乳が置かれた。
その人物は、杏ちゃんのお団子を両手で鷲掴む。
「ちげーよ、バカ」
「ちょっと何すんのよ!夏輝!」
「花子じゃなくて、花井 艶子っていう女子だろ」
まるでおもちゃを与えられた子供のように、杏ちゃんの髪で遊ぶ男の子は佐賀 夏輝くん。
二人は同じ軽音楽部に所属しており、事ある毎にこうして悪戯を仕掛ける夏輝くんは、隠すつもりがあるのかないのか、杏ちゃんに想いを寄せている。
周知の事実ではあるが、杏ちゃん自身は鈍感なのか気付いていないらしく、鬱陶しそうに追い払うのが日常になっていた。
「もう、髪の毛ぐしゃぐしゃになったじゃんっ」
杏ちゃんは文句を呟きながら、片方ずつ髪を解いてまた結び直す。
「まだ見たことは無いけど、いつも男子と一緒に歩いてるってやつだろ?」
「夏輝くんは知ってるんだ」
「あ!別に興味はねえよ!?」
「そんなこと誰も言ってないでしょ…」
チラチラと杏ちゃんの顔を窺いながら慌てて否定を始める夏輝くんに、栞奈ちゃんは肩を竦めて溜息を吐いた。
「てか、鈴乃木も新入生歓迎会で披露する練習で呼ばれてるだろ?早く飯食って第二音楽室行くぞ」
「やば!忘れてた!十秒で行くわ!」
有言実行を果たし、二人は急いで机の上を片し、仲良く教室出て行った。私と栞奈ちゃんは顔を見合わせ、見慣れた展開に微笑む。
ゆっくりとご飯を食べ終えた栞奈ちゃんは、食後のお茶を飲み干し、怠そうに腰を上げた。
「私もテニス部の助っ人で昼休憩の練習に出ないと。天も趣味の散歩するでしょ?」
「うん!でも、栞奈ちゃんは優しいね。球技が得意だからって強引に誘われたのに、快く引き受けるなんて。お願いしたら聞いてくれるって、頼っちゃうよ」
「はは、天のお願いならいくらでも聞いてあげるんだけどね。今回は前に教科書を忘れて貸してくれたお礼ってやつよ。じゃあ、天も楽しんで」
「頑張ってねー!」
できる限り大きく手を振って、栞奈ちゃんを見送る。
来週には新入生歓迎会という催事が行われ、そこでは新入生に向けて、各部活動の勧誘も兼ねたパフォーマンスが披露される予定だ。
部の存続にも影響する一大行事のため、毎年力を入れて取り組んでいる。
…そういえば、生徒会立候補の件について、 曲束先生に相談しに行かなきゃ。
以前、栞奈ちゃんに勧められてからしばらく悩んだが、生徒会に入るには先生から一人、生徒から一人以上の推薦が必要条件だ。
生徒側は問題ないとして、先生の何方か私を推薦してもらえるよう声を掛けて条件を揃えなければ、立候補すらこと叶わない。
前年の担任でもいいけど、折角なら現在進行形でお世話になっている曲束先生にお願いした方が、心情的にも良いよね。
すぐに行動に移り、一年の校舎の中にある教員室に向かうところだったが、その道中で廊下を走っていた女の子とぶつかった。
私は少しよろける程度だったが、相手の女の子は小柄なせいか、反動で後方に体が倒れ、勢いよく尻餅をつく。
「いてて…」
「ごっ、ごめん!大丈夫…?」
腰を屈めて手を差し伸べた。
そこで、私はあることに気づく。
………この女の子、悪魔だ。
床にお尻をつけたまま、恐らく女の子の姿をした悪魔は顔を上げ、私を視界に捉えると、あからさまに嫌悪感を剥き出しにする。
「女かよ。チッ」
え!?今舌打ちした!?
スカートについた埃を手で払いながら、軽くウェーブのかかった茶髪を靡かせ、自力で立ち上がる。
丸くて大きい瞳に、小さな鼻と口、そして丸みを帯びた輪郭は、まさしく可愛いという言葉がピッタリ似合う容姿だった。
「ねえ、二年B組の教室行きたいんだけど」
外見とは裏腹に、中身は非常に勇ましいようで、腕を組みながら彼女は言った。
「じゃあ…私二年B組だし、案内するよ」
「フン、アンタ良い人間ね。男だったら下僕にしてあげたのに」
「お、男…?」
「え?もしかして私のこと知らないの?この天魔学園一の超モテモテな艶子様を!」
仁王立ちで盛大に名乗ってくれた目の前の女の子が、あの噂の花井艶子ちゃんだったらしい。
噂の内容や彼女から感じる力の大きさから推測するに、低級悪魔の中でもランクの低い妖艶の悪魔だ。
上級悪魔のような攻撃的な能力は無いが、人間の男を誘惑して服従させ、少しずつ不幸を撒き散らす悪魔だと言い伝えられている。
ナイスバディなお姉様を勝手に想像していたせいか、心なしか警戒心が薄れてしまった。
「えっと…花井さん…は、どうしてB組に?」
「好きな人がいるの」
「え?」
思いがけない理由に、階段を登ろうとした足を戻す。
硬直する私に構うことなく、花井さんは横を通り過ぎていった。
悪魔が恋愛感情を…?それも人間に?
「何?私変なこと言った?」
新良くんといい、花井さんといい、私の知っている悪魔とは、やはりどこか違うみたいだ。
「…ううん。でも、そんな大切なことを私に話してくれるのは嬉しいけど、秘密にしておかなくていいの?」
「ハァ?なんで隠す必要があるの?人間と一緒にしないでよね」
私が先導するはずだったが、どんどんと真っ直ぐ前進していく花井さんを見失わないように狭めていた歩幅を戻し、彼女と肩を並べる。
先ほどから複数の異性とすれ違っているが、特に異変が起きていないということは、今は悪魔の能力を行使していないのだろう。
二年B組のプレートが見え、花井さんはパッと表情を明るくさせて、教室の中を見渡した。
しばらく目で探していたが、一度晴れた顔が再び曇り始める。
「………いない」
壁を背にもたれ、花井さんは毛先を弄りながら俯く。
悪魔とはいえ、さながら失恋した女の子のような態度を見せる彼女を冷酷に見放す選択をできず、何が出来ることはないかと、私よりも低い目線に合わせて身を屈めた。
「…好きな人の名前を教えてくれたりは…」
すると、花井さんは急に顔を上げて、教室ではなく廊下の方をキョロキョロと見回す。
昼食後に雑談を楽しむ生徒で溢れ返っているが、それでも好きな人を探し当てたらしく、彼女は満面の笑みを咲かせて駆け出した。
「雷!!」
助走をつけて飛び込んだ先は、なんと新良雷くんの胸だった。
「艶子!?」
「どこ行ってたの?探したんだよー?」
親しげに話す場面で、私は納得する。
同時に、とんでもなく変な考え事をしていた自分にも呆れた。
悪魔と親交を深められるのは悪魔以外いない。それは至極当然なことだったのだ。
花井さんは同種族である新良くんを求めていると、どうしてすぐに気がつかなかったのだろう。
ーーー悪魔に対して、私は何を思い違いしてる…?
我に返った時には、新良くんと花井さんの姿はなかった。




