暴走
「ゆきこのにいちゃん、これ、ゆきこにおみまい。あげるよ」
駿が宇佐美に差し出したのはさっき屋台で買ったわたあめだ。駿は恥ずかしそうにしながらも、わたあめの袋を渡す。昤は宇佐美がどんな反応するかと思ったが、意外とそのまま受け取った。
「ゆきこ、だいじょうぶ?クラスのみんな、しんぱいしてるんだ。がっこうでまってるって、つたえて……」
「ああ、わりぃな。風邪じゃねーんだけどな。心配すんなってクラスの奴らに言っとけ」
駿はうれしそうに返事をした。宇佐美を怖がるかと思ったが、駿にとっては、『ゆきこのにいちゃん』なのだろう。宇佐美は昤を見た、
「北見、コイツ、お前の弟か」
「いや、駿はさっち……巫部先輩の弟です」
「あぁ?なんでテメェが……」
宇佐美はズボンを払うと、
「まぁ、いいや。さっきの奴ら、『飛天使』の幹部だぜ。面倒くせぇことになったら俺を呼べ。幾らオメェが強くても1人じゃな」
後ろ手に手を振りながら、宇佐美は路地を出て行った。『飛天使』が何だかは分からなかったが、余り良くない集まりだろう。
「ゆきこちゃんは友達なのか?」
「うん、みんなでひるやすみにあそんでる。ゆきこ、いつがっこうこれるかな」
早く来れるといいな、と言うしかなかったが、昤が、次は駅前の方へ歩くか、と話し、2人は並んで歩きはじめた。宇佐美の言っていたことはどっかに行ってしまったのだった。
◇
大正通りを抜けて北側の銀座通りまで出るとちょうど咲月の所属する吹奏楽部が楽器を演奏しながら行進してきたところだった。市内の高校生と中学生の混合チームのようで100名はいるだろう大部隊だ。
「さっちゃん、見つけたか?」
演奏を観に集まっていた人々の背後で、昤は駿を肩車している。最近、自分が他人より力が強いのは理解していた。さっきの喧嘩の時は高校生の動きがスローモーションの様にも見えた。それでも、細身の昤が軽々と駿を持ち上げた時は横の大人がギョッとしていた。駿はしばらく見つからないとキョロキョロしていたが、やがて咲月を見つけたのか、ブンブン手を振りながら、呼び始めた。
「ねーちゃーん!ねーちゃーん!」
もちろん、楽器を吹いているから声を上げることなどできない。咲月は目だけで合図を返した。しばらく咲月の行進と並列して歩いていると、行進は一旦休憩の時間となった。すぐに駿が近づいて行って、話し始める。
「ねーちゃん、昤ちゃんとおまいりしてきた。そんで、わたあめとりんごあめ、かったんだ。ヨーヨーもやったよ。そんでねー、こんどはねー」
「ちょっと、駿、アンタ、昤ちゃんに連れてってきてもらってるの?お父さんは?」
「おとーさん、おまつりのおーえんだって。」
「昤ちゃん、ごめんね。駿の面倒まで見てもらって」
「いや、初めてこの祭り観たけど、こんなに人が多いなんて、びっくりだよ。駿と一緒に赤飯炊いたんだ。さっちゃんの分のご馳走もあるからウチに来いって、ばあちゃんから伝言。大人たちはできあがっていると思うけど」
「やったー!薫さんのご飯食べれるー」
咲月と会話してると他の部員が揶揄ってくる。
「いいのぉ、若い旦那つかまえてぇ!ウチでご飯作って待ってくれてるなんて」
咲月も笑いながら答えている。駿が飽きてきたので、また移動することにした。さっきお祭で買っておく物をリクエストしてもらった。静かなこの街にこんなに人がいたのか、昤は何だかうれしくなった。
◇
少し離れた複合ビルの2階から昤たちを見ている者がいた。『飛天使』のメンバーの2人である。『飛天使』はこの街の暴走族の1つで白石が総長、相楽が特攻隊長を務めている。また、この喫茶店は『飛天使』のメンバーがよく使う溜まり場である。
白石が中学生の弟が生意気な転校生がいると息巻いているのを聞いたのは先週の話だ。よくある話、目新しく目立つ存在を叩きのめして終わりだろうと興味も持たなかった。
数日後、家に帰ると弟が気の抜けたような顔をして部屋にいた。転校生に逆に分からせられたらしい。しかも1人に3人がやられたらしい。弟が弱くないことは分かる。自分と同様、喧嘩ばかりしてきた。その弟が何をされたかも分からなかったと妙に清々しい顔さえしている。実際、弟の顔はきれいなもので、身体にも傷はみられなかった。
一度顔を見ておきたかったが思った以上に幼く、少々拍子抜けしていた。女のようなきれいな顔をしている。
「あの細いの、そんなに強ぇのか。パッと見、そんな風には見えねぇな」
「で、あの隣の女が彼女みたいだな。役に立つかもしれん」
「宇佐美の方は半田たちが……」
「何だよ、今年の七中は生意気なのが多いな」
「お前の弟もな」
2人は顔を見合わせゲラゲラと下品に笑い、店を出る。白い特攻服と紫の特攻服は祭りの中でも目立つ。階段を降りると自然に人が避け、道ができる。2人は一台の紅いバイクに跨り祭りの喧騒から離れて行った。
2人の飲んでいたグラスを下げにきた女子店員が悲鳴をあげる。2人の座っていた席に大きなネズミが乗ってこちらを見ていた。
◇
――祭のあと 大正通り――
「飲み過ぎた……うぅ」
ふらつく中年男の足下を何かが走った。目でそれを追った。ネズミだった。丸々と太っている。
「なんだ、脅かしやがって……シッ!あっち行け!」
最近市内で増えている、と地方紙に載っていたのを思い出した。男は覚束ない足取りながらも近づき、ネズミを蹴った。ヂュ!ネズミは思いの外飛んで、車道を挟んで駐車スペースに停めてある乗用車に強くぶつかり、動かなくなった。
「おし、元サッカー部の蹴りを見たかっ、ん〜?」
ネズミの死体を確認しようと歩きはじめた時、足がもつれ、男は派手に転倒した。左の頬にザラつくアスファルトの感触。その時、男は見た。ネズミの死体のその向こう、乗用車の下を。
街灯の灯りを避ける様にして潜んでいたそれは、赤い目、いや、赤というより、紅の目玉たちだった。ジジジ……と音を立てたのは、街灯だった。街灯はブルッと震えて光を弱め、消えた。周囲に差すのは半月の光のみになった時、立ち上がれない男の方にゆっくりと紅い目たちが迫ってきた。
◇
「やぁねえ……、物騒な世の中だわ」
薫が朝は流しっぱなしのテレビニュースの画面を見入る。それは、大正通りであったちょっとした事件だった。男が遺体で発見されたのだ。男の両手の骨は砕けていた。骨が見えるほど傷ついており、近くに停めてあった乗用車を殴り続けた跡が見られたという。この家の徒歩圏内である。薫の心配をよそに昤は、目玉焼きの黄身を箸でつつき白身に纏わせ口に運んだ。薫はじっと目を細める。
「ばあちゃん、何?俺の顔、なんかついてる?」
「……血かしらねぇ、お父さんと同じ食べ方するの」
「お父さんって、じいちゃん?」
「そうそう、目玉焼きをそうやって食べてたわ」
会ったこともない祖父に似てる。悪い気はしなかった。玄関から咲月の声が聞こえてくる。昤は慌てて口を濯ぎ、ごちそうさま!いってきます!と鞄を引ったくるようにして出て行った。
◇
――鶴見市郊外――
「半田ぁ……、お前、宇佐美にやられっぱなしで逃げてきたって?相手は中坊だろうがっ!」
解体屋のヤードにある倉庫、半田たち5人がコンクリートの床に正座させられている。怒鳴っているのは特攻隊長の相楽純だ。周りには20人ほどの男たちが集まっている。殆どは黒の特攻服だが、半田含めた正座の5人は紫色の特攻服だ。紫色は特攻隊を示している。相楽が特攻隊のメンバーを選んだ時、喧嘩の強い者を選んだ。殆どの者が格闘技で実績を残している。
「相楽よぉ……、俺ら宇佐美にゃあ、負けてねぇよ、途中でやってきた別の中坊に……」
「なぁにぃ?なんてヤロウだ、そりゃ?」
「名前は……サラサラした髪の坊ちゃんみたいな、顔は女みてぇな細いやつだった」
「あぁ、たぶん、宇佐美と同じ七中だと思う」
周囲では、ざわつきが起こった。『飛天使』は七中の2人に舐められた事になる。
「半田よぉ、やり方は問わねー。2人をここに引っ張って来い」
「純ちゃん、もういいよ。強ぇじゃん、そいつら。今日は解散解散……これからMスタに静香でるからな」
「トール、そうはいかねぇ。じゃあ、特攻隊のケジメは特攻隊でつけさせてもらう」
『飛天使』のメンバーは夜の街に散って行った。残った白石徹、相楽純は黙ってテレビを見ている。
「やっぱ、静香は最高だ。鎖骨辺りがたまらね〜」
純は返事をしない。じっと倉庫の奥を見ていた。不審に思った徹が見てもなおも何かを見つめている。椅子から降りて純の横に立つと、それが紅い目だと分かった。つい見入ってしまう。2人の中に凶暴な何かが生まれていた。




