第7話 命と冒険
◆受付嬢
死者がギルドへ運び込まれることは、珍しくない。
討伐証明のためではない。
家族のもとへ帰すためだ。
その日、三人の冒険者が運んできたのは、若い女の遺体だった。
名はリア。二十四歳。Cランクの治癒術師。
四人組のパーティー《銀灯》の一員として、石化蜥蜴の討伐に出ていた。
遺体は灰色の外套に包まれていた。胸元には、乾いた血が黒く残っていた。
神殿の司祭が死亡を確認したあとも、三人は外套から手を離さなかった。
「死亡報告を出しに来たんじゃない」
剣士のガイが言った。
「リアを、生き返らせてほしい」
私は言葉を探した。
治癒魔法は、傷を塞ぐことができる。毒を薄め、熱を下げ、折れた骨をつなぐこともできる。
だが、止まった命を動かすことはできない。
「そのような依頼は、ギルドでは――」
「受けますよ」
奥の扉から、ギルドマスターが出てきた。
三人の顔に、初めて希望が浮かんだ。
私は、その希望を見てしまった。
だから、マスターが次に言うことを、聞きたくないと思った。
◆冒険者
リアが死んだのは、俺たちを逃がすためだった。
石化蜥蜴は一頭だと聞いていた。
巣にいたのは三頭だった。
一頭目を倒したところで、セトの右脚が石になった。二頭目の尾を受けて、ニールの杖が折れた。俺は左目を潰され、距離が測れなくなった。
三頭目が吐いた灰色の霧は、四人全員が浴びた。
俺たちの腕に、石の斑点が広がり始めた。
リアは、残っていた石化止めを全部、俺たちに使った。
自分の分まで。
「先に行って」
あいつはいつも、命令が下手だった。
頼むときも、怒るときも、最後には笑ってしまう。
あのときだけは笑わなかった。
俺たちを通路へ押し出し、崩れた石柱の陰で、血を流しながら杖を構えた。
俺たちは逃げた。
夜が明けてから戻ったとき、三頭目は死んでいた。
リアも、その隣で死んでいた。
俺は十年前からリアを知っている。
同じ村で育った。最初に木剣を握った日も、初めて魔物を倒した日も、初めて仲間を埋めた日も、隣にいた。
リアのいないこれからを、俺は知らない。
だから、マスターに聞いた。
「何を払えばいい」
◆ギルドマスター
「皆様の、冒険者としての人生をいただきます」
三人は、自分たちの登録証を見ました。
「命を取るということか」
「いいえ。皆様は生きたまま、普通の人へ戻ります」
私は、三枚の冒険者廃業届を用意しました。
「登録、階級、実績、クエストを受ける権利。そして、冒険者になってから身につけた剣や魔法や斥候の技量。そのすべてをいただきます」
魔術師のニールが、折れた杖を握りました。
「魔法を忘れるのか」
「呪文を学んだ記憶は残ります。ただし、唱えても発動しません」
「もう一度、覚え直せば」
「対価としていただくものです。取り戻すことはできません。冒険者として再登録することもできません」
斥候のセトが尋ねました。
「リアは、冒険者に戻れるのか」
「ええ。彼女の命も、治癒魔法も、Cランクの登録も元に戻します」
ガイは、リアの顔を見ました。
「俺たちだけが、冒険者ではなくなる」
「一人の冒険者を戻す対価として、三人の冒険者としての人生をいただく。それが今回の条件です」
私は、廃業届を彼らの前へ並べました。
「生き返ったリアさんが、皆様の選択を喜ぶとは限りません」
「分かっている」
ガイは答えました。
「それでも、死んだままよりはいい」
三人は、それぞれの廃業届へ署名しました。
◆受付嬢
最初に変わったのは、登録証だった。
Cランクを示していた銀色の線が消え、三枚とも灰色になった。
ガイが腰の剣を抜こうとした。
柄から剣身を少し出したところで、重さに耐えられず床へ落とした。
ニールは、指先に小さな灯をともす呪文を唱えた。
何も起きなかった。
セトは床に残った泥の足跡を見つめたが、それが誰のものか、どちらから来たのかも分からなくなっていた。
三人とも、冒険者だったころのことは覚えていた。
できていたことだけが、できなくなっていた。
マスターはリアの死亡確認書を裏返した。
裏面に、帰還許可と書いた。
それだけだった。
リアが息を吸った。
胸が大きく持ち上がり、激しく咳き込んだ。
「ガイ」
リアが、幼馴染の名を呼んだ。
ガイは膝をつき、その手を握った。
「いる。三人とも、ここにいる」
リアはニールとセトの顔も確かめた。
「三頭目は」
「死んだ」
「依頼は」
「完了だ」
「じゃあ、報酬を受け取って、次の――」
そこで、床に落ちた剣と、灰色になった三枚の登録証に気づいた。
「その登録証、どうしたの」
誰も、すぐには答えられなかった。
リアは、ガイの顔を見た。
「灰色になるのは、廃業したときでしょう」
「そうだ」
「三人とも?」
ガイはうなずいた。
「お前を生き返らせる対価にした」
◆治癒術師
私は、三人を生きて帰すために死んだ。
少なくとも、そのつもりだった。
石化止めを使えば、三人はまた剣を握り、魔法を唱え、次の迷宮へ行ける。
私がいなくても、《銀灯》を続けられる。
そう思ったから、自分の分を残さなかった。
それなのに、三人は私を生き返らせるために、冒険者であることを差し出した。
「どうして」
怒鳴ったつもりだった。
死んだばかりの喉から出たのは、掠れた声だった。
「私が何のために、三人を逃がしたと思ってるの」
「生き残らせるためだろ」
ガイが言った。
「冒険者を続けてもらうためよ」
「俺たちは、生きている」
「三人とも、もう《銀灯》ではない」
「そうだな」
「私に相談もしないで」
「死んでいたからな」
あまりに正しい返事だったので、私は泣いた。
ガイは私の手を握ったまま、何度も謝った。
「お前と冒険を続けるために、生き返らせたんじゃない」
「では、何のために」
「お前に、明日があってほしかった」
私は、その明日を望んでいたのか分からなかった。
三人の未来を奪ってまで欲しかったのかも、分からなかった。
ただ、腹が立って、悲しくて、それでも三人が目の前にいることに安心していた。
◆受付嬢
三日後、四人はもう一度ギルドへ来た。
ガイは鍛冶屋で働くという。剣を振ることはできなくても、手入れの仕方なら覚えている。
ニールは魔法学校の書庫で職を探すことにした。魔法は使えなくても、読める魔導書は多い。
セトは商隊の荷物係になると言った。獣の足跡は読めなくても、旅の危険を知っている。
リアだけは、行き先を決めていなかった。
私は《銀灯》の解散届を差し出した。
リアは署名欄を見つめた。
「解散しなければいけませんか」
「ギルドのパーティーは、登録された冒険者二名以上でなければ存続できません」
今の《銀灯》に、冒険者はリア一人しかいない。
リアは三人を見た。
「私は、まだ許していないから」
「分かってる」
「自分が正しかったような顔をしないで」
「しない」
「これからどうするかは、私が決める」
ガイはうなずいた。
リアは解散届へ署名した。
四人は一緒にギルドを出ていった。
パーティーではなくなっても、仲間でなくなったのかどうかは、書類には書かれていなかった。
私は、三人の廃業届と《銀灯》の解散届を記録簿へ綴じた。
一人の命が戻り、三人の冒険者としての人生が終わった。
命があれば、明日は来る。
けれど、誰かのために選ばれた明日が、本人にとって救いになるとは限らない。
その明日をどう生きるかだけは、神様にも、仲間にも、代わりに決めることはできなかった。




