第91話 停戦の宣言、勇者ではなくなった日
王都の大広場は見渡す限りの人で埋め尽くされていた。
石畳の上に集まった群衆のざわめきが波のように広がっている。白い旗が風にはためき、乾いた布の音が頭上で絶え間なく鳴っていた。人いきれに混じって焼き菓子の甘い匂いが微かに漂ってくる。
広場の中央に設けられた壇上に二人の王が並んで立っていた。人間の王と、衰弱から回復しつつある魔王ゼクセルだった。
理恵たちはその壇の脇から固唾をのんでその光景を見守っていた。
「――我ら二つの国は、本日をもって戦争の終結を宣言する」
人間の王の声が広場全体に響き渡った。
群衆の間に一瞬静寂が落ちた。やがてどこからともなくすすり泣く声が聞こえ始める。
「長きにわたる戦いは一部の者の私欲によって引き延ばされたものであった」王は続けた。「その真実を明らかにしてくれた者たちに、国を代表して深く感謝を述べる」
その視線が壇の脇に立つ六人に向けられた。
群衆から割れんばかりの歓声が上がった。
「勇者様だ!」
「トビアス様、万歳!」
その声にトビアスは居心地悪そうに視線を伏せた。
「――俺は、もう勇者じゃない」
小さく漏らした呟きは歓声にかき消された。
◇ ◇ ◇
式典が終わったあと、王城の一室でトビアスは王から正式な通達を受けていた。
「勇者紋を失ったことにより、そなたの勇者の資格は失効となる」王は静かに告げた。「これは制度上の決まりである。だが」
「承知しております」トビアスは深く頭を下げた。
「そなたの功績は決して色褪せぬ」王は続けた。「勇者の称号の代わりに望むものがあれば申すがよい」
「――考えさせてください」
トビアスは短く答えた。
部屋を出たトビアスを理恵が待っていた。
「どうでしたか」
「資格が失効した。それだけだ」
「寂しくないですか」
「――分からない」トビアスは窓の外を見つめながら答えた。「ずっと勇者として生きてきた。それがなくなったら何者なのか」
「トビアスさんはトビアスさんですよ」
理恵は微笑んだ。トビアスはしばらく理恵を見つめ返していた。
「――ああ」
その短い返事にはこれまでにない静かな安らぎが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
その夜、六人は王都の宿に集まっていた。
「しかし戦争が終わったんだよな」ルークが感慨深げに呟いた。「実感まだ湧かねえ」
「僕もです」コリンが頷いた。
「これから各自どうするのか決めなければならないな」イアンがいつもの冷静な調子で言った。
その言葉に一同が静かに顔を見合わせた。
「――そのことなんですが」
理恵がおずおずと切り出した。
「フィオナさんから聞きました。ゲートの準備はもう整っているそうです」
その一言に部屋の空気がぴんと張り詰めた。
「いつでも帰れる状態、ということか」トビアスが静かに尋ねた。
「はい」理恵は頷いた。「でも、まだ決めかねていて」
「焦らなくていい」トビアスが静かに言った。「あんたが自分で決めることだ」
「――でもさ」ルークが沈黙を破った。「その前に、みんなのこれからの話、聞かせてくれよ」
「そうですね」コリンが頷いた。「戦争が終わったんですから」
「いいだろう」イアンが眼鏡を押し上げた。「順番に話そう」
六人は静かにそれぞれの未来について語り始めようとしていた。
窓の外には平和を祝う灯りが王都の夜空を静かに彩っていた。
英雄でなくなった者たち。
役割を降りたあとのそれぞれの明日。
それが今、静かに動き出そうとしていた。




