第90話 共闘、宰相の私兵を打ち破れ
地下空洞の壁面が低く唸るように震えていた。
魔法陣の光は赤みを帯び、暴走寸前の脈動を刻んでいる。熱を孕んだ空気が肌を焼き、焦げた魔力の匂いが喉の奥に張りついた。
「――出番だ」
グレイヴが片手を挙げると、空洞の奥の闇から武装した兵士たちが次々と姿を現した。宰相直属の私兵、そして白い法衣をまとった聖術部隊だった。
「聖術部隊」イアンが歯噛みした。「聖堂の戦闘集団まで抱き込んでいたのか」
「彼らは勇者紋の管理を担ってきた者たちだ」トビアスが剣を握り直した。「俺の紋が壊れた今、真っ先に潰しにくる」
「数が多いな」ルークが大剣を肩に担ぎ、獰猛に笑った。「面白くなってきた」
「ヴァルガ、隠形で後ろに回れるか」
「承知した」
ヴァルガの姿が影に溶けるように消えた。
「全員、陣形を組め!」トビアスの声が響く。
これまでのような理恵を守るための防御陣ではなかった。前衛にルークとトビアス、後衛にイアンとコリン、遊撃にメルとヴァルガ。それぞれが本来の力を最大限に発揮できる、六人と一人のための陣形だった。
「理恵、中央に」
「はい!」
理恵が陣の中心に立つと足元に淡い光が広がった。
「《共鳴の陣》、展開!」イアンが叫ぶ。
探知の陣を応用し、同調の仕組みだけを攻めに転用した術式だった。理恵の魔力を芯にして五人の魔力が同調していくと、互いの魔力が淡い光の糸で結ばれ、全員の動きが驚くほど噛み合い始める。
「体が、軽い!」
「魔力が溢れてくるぞ!」
ルークの大剣が唸りを上げ、突っ込んできた兵士たちを一振りで薙ぎ払った。ヴァルガの影が反対側から別の兵士の背後を取る。
「な、なぜ急に動きが」
「六人分が、一つになってるんだよ」メルが結界を展開しながら不敵に笑った。
◇ ◇ ◇
聖術部隊が一斉に詠唱を始めた。
「《裁きの光》!」
白い光の奔流が六人に向かって放たれる。
「させない!」
メルの結界が展開され光を受け止めた。結界の表面が軋み亀裂が走る。
「長くは持たない!」
「十分だ」イアンが杖を掲げた。「《封魔の楔》!」
光の楔が聖術部隊の足元に突き刺さり、詠唱が途切れた。
「今です、コリン!」
「はい!」
コリンの回復の光が負傷したルークとメルの傷を一瞬で癒していく。
「剣が軽い」
トビアスは戦いながら、かすかに驚いていた。勇者紋を失った体は以前のような怪力も魔力抵抗も持たない。だが不思議と動きに迷いがなかった。
「トビアス、無理するな!」
「大丈夫だ」トビアスは振り返らずに答えた。「今の方がずっと自由に動ける」
その剣筋は紋の力に頼っていた頃よりも、はるかに鋭く冴えていた。
「馬鹿な、あり得ない」
グレイヴが焦りを滲ませながら後ずさった。私兵も聖術部隊も次々と制圧されていく。
「貴様ら、なぜ。人間と魔族が手を組むなど」
「手を組んでるわけじゃない」ルークが大剣を肩に担いで凄んだ。「ただ、同じ飯を食った仲間だ」
その言葉に理恵は思わず胸が熱くなった。
◇ ◇ ◇
「イアンさん!」理恵が叫んだ。「今なら魔王様の魔力と魔法陣の繋がりを切れませんか」
「やってみる」イアンが魔法陣の中心を睨んだ。「理恵、波長を安定させ続けてくれ。メル、結界で儀式の暴走を抑えろ。ヴァルガ、導管の接続部を」
「了解」
「承知した」
六人と一人の魔力が一つに束ねられていく。
「――《断絶の陣》!」
イアンの術式が発動し、魔法陣とゼクセルを繋ぐ光の糸が一本、また一本と音を立てて断ち切られていった。ゼクセルの体から、重たい鎖が外れるように力が抜け、侍従が慌ててその体を支えた。
「やめろ、やめろおおお!」
グレイヴの絶叫が響く中、魔法陣の赤い光が急速に弱まっていく。
やがて地下空洞に静寂が戻った。
床に膝をついたグレイヴが力なく呟いた。
「私の計画が」
その両脇をルークとヴァルガががっちりと押さえた。
「連行する」トビアスが静かに告げた。「王国の法で裁かれてもらう」
戦いが終わり、六人と一人は互いの無事を確かめ合った。
「やった、のか」ルークが荒い息の中で呟いた。
「はい」理恵は涙ぐみながら頷いた。「みんな無事です」
ゼクセルが侍従に支えられながら静かに歩み寄った。
「感謝する」魔王は深く頭を下げた。「そなたたちのおかげでこの国は救われた」
「いえ」トビアスが静かに答えた。「俺たちはただ、仲間を守りたかっただけです」
その言葉に全員が静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
戦争の真実は、その後、人間と魔族双方の王から世界へ向けて公表された。
宰相グレイヴの陰謀。偽の情報によって長引いていた戦争。そしてそれを見抜き、手を取り合った者たちの存在。
魔王討伐ではなく、人間と魔族の停戦によって世界は救われた。
だが、六人と一人の旅はまだ終わっていなかった。
理恵にはこれからもう一つの大きな選択が待っていた。




