第88話 地下の対峙、暴かれる秘密
魔王城の地下深く、巨大な空洞に脈動する青白い光が満ちていた。
壁一面に走る魔力の導管が生き物のようにどくん、どくんと波打っている。焦げた金属の匂いが濃く漂い、肌に触れる空気はぴりぴりと痺れるようだった。足元の床から重い振動が絶え間なく伝わってくる。
空洞の中央、巨大な魔法陣の中心に一つの人影が立っていた。
「――来たか」
宰相グレイヴだった。
「もう終わりだ」トビアスが剣を構える。「儀式を止めろ」
「止めるだと」グレイヴは薄く笑った。「ここまで来て止められるわけがない」
その足元の魔法陣から細い光の糸が幾筋も伸びている。それは地上の玉座の方角へと遠く繋がっていた。
「――あれは」イアンが目を見開いた。「魔王の魔力と魔法陣が直結している」
「その通りだ」グレイヴは頷いた。「この儀式は魔王ゼクセルの魔力をそのまま召喚の燃料として使っている。つまり」
「儀式を止めるには魔王の魔力供給を絶つしかない」グレイヴは淡々と続けた。「そしてそれは魔王の死を意味する」
「ふざけるな!」メルが叫んだ。
「簡単な話だ」グレイヴは冷たく言った。「勇者殿が魔王を討てば儀式は止まる。世界は救われ戦争は終わる」
「あんたが、そんなことを提案するのか」ルークが睨みつけた。
「提案ではない」グレイヴはゆっくりと懐から小さな水晶を取り出した。「命令だ」
◇ ◇ ◇
その水晶が淡く光を放った瞬間、トビアスの胸元が赤黒く輝いた。
「――ぐっ」
トビアスが苦痛に顔を歪め、膝をつく。
「トビアス!」理恵が駆け寄ろうとした。
「来るな」トビアスが荒い息の中から制した。
「《勇者紋》の生命干渉回路だ」グレイヴが静かに告げた。「王国の最高権限を持つ者のみが握る鍵。私は宰相に就任したときから、この鍵の写しを密かに保持していた」
「どういうことだ」イアンが鋭く問い詰めた。
「そこの勇者殿は既に知っている」グレイヴは苦しむトビアスを見下ろした。「勇者紋が持ち主の命を他者に握らせる仕組みであることを。そして私から密命を受けていることを」
全員の視線がトビアスに集まった。
「――トビアス」ルークが呆然と呟いた。「お前、知ってたのか」
トビアスは答えなかった。ただ荒い呼吸を繰り返しながら床に拳を突いている。
「魔王を討て」グレイヴが冷酷に告げた。「さもなくば貴様の命をここで絶つ」
「――やめて!」理恵が叫んだ。
「選べ、勇者殿」グレイヴは薄く笑った。「仲間を信じて死ぬか。それとも魔王を討って生きるか」
その言葉に六人と一人の間に凍りつくような沈黙が落ちた。
「――トビアスさん」
理恵は震える声で呼びかけた。
「何を隠してたんですか。全部話してくれるって約束しましたよね」
トビアスはゆっくりと顔を上げた。その目にはこれまでにない深い苦悩が滲んでいた。
「――全て本当だ」トビアスは掠れた声で認めた。「密命も、勇者紋の真実も。あんたたちを巻き込みたくなくて言えなかった」
「馬鹿野郎」ルークが怒りと悲しみの入り混じった声で吐き出した。「お前はいつも一人で抱え込んで」
「そういうところが」コリンが涙を滲ませながら続けた。「トビアスさんの悪い癖です」
グレイヴの足元で魔法陣がさらに激しく脈動した。
「時間がない」グレイヴが告げた。「決めろ。魔王を討つか、ここで死ぬか」
六人と一人の運命が、今、最も過酷な選択へと追い詰められようとしていた。




