第87話 衰弱した魔王、最深部の真実
魔王城の最深部へと続く回廊は、これまでとは違う重く沈んだ空気に満ちていた。
壁に刻まれた紋様の灯りが、いつもより弱々しく明滅している。石床に落ちる足音が妙に大きく反響した。空気には焦げた魔力の残滓らしき刺すような匂いが、かすかに漂っている。
「――様子がおかしい」
先頭を歩くヴァルガが低く呟いた。
謁見の間に辿り着くと、そこには、これまでとはまるで違う光景が広がっていた。
玉座に座るゼクセルは見るからに憔悴していた。顔色は青白く、呼吸も浅い。傍らには数人の侍従が心配そうに付き添っている。
「――兄上!」
メルが駆け寄った。
「――メルクリウス、か」
ゼクセルは弱々しく、しかし、なんとか微笑んだ。
「何があったんですか」メルが震える声で尋ねた。
「――宰相グレイヴが、ここを訪れた」ゼクセルは掠れた声で語り始めた。「この城の地下にある大規模な魔力炉を、利用させろと要求してきた」
「それで、どうなったんですか」トビアスが鋭く尋ねた。
「無論、拒んだ」ゼクセルは続けた。「だが奴は、備蓄していた封魔銀を使い、強制的に俺の魔力を吸い上げる術を仕掛けてきた」
「――そんな」理恵は思わず口元を押さえた。
「《魔力強制収奪の術式》」イアンが険しい表情で呟いた。「対象の魔力を同意なく吸い上げる禁忌の術だ。施術対象には深刻な消耗が残る」
「それで、戦う力すらなくなった、ということですか」理恵が尋ねる。
「その通りだ」ゼクセルは頷いた。「情けない姿を見せることになったな」
「グレイヴは、今」トビアスが続けた。
「城の地下に」ゼクセルは答えた。「吸い上げた魔力を使い、最後の召喚儀式を試みている」
「まだ諦めてなかったのか」ルークが拳を握りしめた。
「――急がねば」イアンが険しい表情で言った。「儀式が完成すれば取り返しのつかないことになる」
「地下への道は」トビアスがゼクセルに尋ねた。
「案内させる」ゼクセルは静かに頷いた。「――頼む。この国を、そして俺たちが守ろうとしてきたものを」
その時、トビアスの表情に一瞬、これまでにない複雑な陰りがよぎった。
理恵は、その変化に気づいていた。
「――トビアスさん?」
「――何でもない」
その素っ気ない答えに、理恵は以前からの言いようのない不安が、再び胸の奥でうずくのを感じた。
◇ ◇ ◇
「行くぞ」
トビアスの声に一行は再び動き出した。
地下へと続く階段を降りながら、理恵はトビアスの背中をじっと見つめていた。
密命。そして、まだ明かされていないもう一つの秘密。
その二つが、これからどのような形で彼を、そして六人全員を巻き込んでいくことになるのか、理恵には、まだその答えが見えなかった。
階段を降りるにつれ空気はさらに重くなっていった。
地下深くから低い、脈動するような音が絶え間なく響いてくる。鼻を突く焦げた金属の匂いが、これまでよりも濃く漂っていた。
その先に宰相グレイヴとの最後の対峙が、そして彼らが、まだ知らない全ての真実が待ち受けていた。
六人と一人は確かな覚悟を胸に、地下深くへと足を進めていった。




