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第81話 出立前夜、静かな準備

## 第九章 最後の晩餐


## 第81話 出立前夜、静かな準備


 王都の外れにある兵站倉庫は、出立の準備に追われる人々の熱気で、いつもより騒がしかった。


 積み上げられた木箱から乾燥食料特有の香ばしい匂いが漂ってくる。荷馬車の車輪が石畳の上で絶えず軋んだ音を立てていた。理恵が荷物を確認する手には、これまでにない緊張の汗がじわりと滲んでいる。


 魔王城への最後の進軍。その日がついに明日に迫っていた。


「――理恵様」


 フィオナが静かに理恵の元へ歩み寄ってきた。


「ゲートの準備は万全です」フィオナは水晶板を示しながら告げた。「魔王城地下の魔力炉が稼働可能な状態になり次第、いつでも発動できます」


「――そうですか」


 その報告に理恵の胸に様々な感情が一度に押し寄せてきた。


「怖いですか」フィオナが優しく尋ねた。


「怖い、というより」理恵は少し考えてから答えた。「実感が湧かなくて。本当に帰れるんだなって」


「あなたの選択がどちらであっても、私たちはサポートします」フィオナは静かに微笑んだ。「それだけは忘れないでください」


 その日の夕方、六人はそれぞれの装備を最終確認していた。


「――よし、これで完璧!」


 ルークが大剣を勢いよく担ぎ直した。だが、その表情にはいつもの快活さの奥に微かな緊張が滲んでいる。


「上級治癒術の準備も万全です」コリンが薬草の詰まった袋を確かめながら言った。


「防護魔道具、全員分揃えた」イアンが小さな護符を一人一人に手渡していく。


「――これで宰相グレイヴが、どこに潜んでいようと対応できる」イアンが続けた。「万全とは言えないが」


「万全なんて、この世界のどこにもないですよ」メルがいつもの調子で笑った。「それでもやるしかない」


 その言葉に五人はそれぞれ静かに頷いた。


「――トビアスさんは」


 理恵は少し離れた場所で一人、剣を見つめているトビアスに声をかけた。


「準備、できてますか」


「――ああ」


 トビアスの返事はいつもより短かった。


「顔色悪いですよ」理恵は心配そうに覗き込んだ。


「――何でもない」


 その素っ気ない答えに、理恵はこれまでの幾度もの違和感を静かに思い出していた。


「トビアスさん」


 理恵は思い切って続けた。


「何か隠してること、ありますよね」


 その問いにトビアスは、しばらく答えなかった。


「――今は、まだ言えない」


 その返事は以前とまったく同じものだった。理恵はそれ以上踏み込まなかった。だが、その胸には拭いきれない確かな不安が静かに積み重なっていた。


   ◇ ◇ ◇


 夜、宿の厨房で、理恵は明日への準備をしながら、これまでの旅を静かに振り返っていた。


 荒野での出会い。王都での日々。温泉都市での賑やかな時間。黒嶺領での真実との対峙。


 その全てが、この明日という日に繋がっている。


「――理恵ちゃん」


 厨房にメルがふらりと顔を出した。


「明日で僕らの旅も、一つの節目を迎えるね」


「そうですね」


「後悔ないように過ごそうか。今夜は」


 その言葉に理恵は静かに頷いた。


 その夜、理恵は寝台に横たわりながら、明日への想いを静かに巡らせていた。


 魔王城で全てが決着する。宰相グレイヴとの最後の対峙。そして自分自身の帰還という選択。


 その全てを前に、理恵の心には恐れよりも、むしろこれまで共に過ごしてきた六人での日々への深い愛おしさが静かに満ちていた。


 ――この人たちと、もっと一緒にいたい。


 その想いが、これまでにないほどはっきりとした形を持って理恵の胸に灯っていた。


 王都の夜は静かに更けていく。


 そして明日、六人はそれぞれの想いを胸に最後の食卓を囲むことになる。

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