第78話 毒抜きの夜、コリンの決意
聖堂の地下通路を抜けた先、王の寝室は夜になると、いつもより静まり返っていた。
窓から差し込む月明かりが寝台の白い布地を淡く照らしている。空気には、まだあの薬草の苦い匂いが微かに残っていた。王の浅い呼吸だけが規則正しく部屋に響いている。
コリンはその寝台の脇に緊張した面持ちで膝をついていた。
「――僕に任せてください」
コリンは震える声で、しかしはっきりとそう告げた。
「大丈夫なのか」トビアスが心配そうに尋ねる。
「《解毒の光》なら僕にも使えます」コリンは真剣な表情で答えた。「ただ体内に蓄積した薬の量が多い分、時間と集中力が必要になります」
「解毒の光、って?」理恵が尋ねた。
「治癒術の応用です」コリンが説明した。「体内の異物を魔力で分解して排出を促す術式です。ただの傷を治すより繊細な調整が要求されます」
「危険は?」
「僕自身の魔力をかなり消耗します」コリンは正直に答えた。「無理をすれば、また魔力飢餓に近づくかもしれません」
「――それでも、やります」
コリンは迷いなくそう言い切った。
「コリンさん」
「理恵さんに教わりました」コリンは静かに続けた。「休憩のタイミングを見極めること。無理をしすぎないこと。その分、今日は精一杯頑張れます」
その成長した姿に理恵は胸が熱くなるのを感じた。
◇ ◇ ◇
コリンは両手を王の胸の上にそっとかざした。
「――《解毒の光》」
淡い緑色の光がコリンの手のひらから王の体へと静かに流れ込んでいく。
光はまるで体の隅々まで丁寧に洗い流すように、じわじわと広がっていった。コリンの額にはみるみるうちに汗が滲み始める。
「――う……」
王が微かに呻いた。
「大丈夫ですか、陛下」理恵が心配そうに声をかける。
「――何か、頭が軽くなっていく感じが」王は掠れた声で答えた。「これが正気を取り戻す、ということか」
その言葉に六人は静かに安堵の色を浮かべた。
施術は深夜まで続いた。
コリンの呼吸は次第に荒くなり、その額は汗でびっしょりと濡れていた。だが、その手は一度も止まることはなかった。
「――コリンさん、もう無理しないで」
理恵が思わず声をかけた。
「もう少しです」コリンは歯を食いしばりながら答えた。「あと少しで、体内の薬、全部抜けます」
やがてコリンの手から光が消えた。
「――終わりました」
コリンはそう呟くと、その場に崩れるように座り込んだ。
「コリン!」ルークが慌てて支えに入る。
「大丈夫です。ちょっと疲れただけ」
コリンは弱々しく、しかし確かに笑ってみせた。
◇ ◇ ◇
王はゆっくりと体を起こした。その瞳には、これまでの濁りが消え、以前の鋭さが戻り始めていた。
「――頭が、はっきりする」王は深く息を吐いた。「これほどまでとは。余は本当に長い間、宰相の掌の上で踊らされていたのだな」
「陛下」トビアスが静かに言った。「今こそ正しい判断を」
「分かっている」王は力強く頷いた。「明日、朝一番に勅命を発する。宰相グレイヴの全権限を即刻停止する」
その決意に六人は静かに、しかし確かな希望を胸に抱いた。
「――コリンさんのおかげです」理恵は、まだ疲れの残るコリンの背中をそっとさすった。
「理恵さんのおかげでも、ありますよ」コリンは弱々しく笑った。「僕に無理をしない強さを教えてくれたので」
◇ ◇ ◇
王の私室を出て聖堂への帰路を歩きながら、理恵は静かにこれまでの旅を振り返っていた。
異世界に来たばかりの頃、自分はただの戦えない存在だった。
だが今、こうしてコリンの成長を通して、間接的にでも国を動かす力の一端に触れている。
その事実に理恵は不思議な、しかし確かな達成感を覚えていた。
夜明けまで、あと数時間。
王の勅命が発せられれば、宰相グレイヴの権力は崩れ去るはずだった。
だが、その静かな決着が本当に平穏に訪れるのか、理恵にはまだ一抹の不安が拭いきれずにいた。
王都の空が東の方から静かに白み始めていた。




