第77話 再び現れる影、ヴァルガの真実
王の回復を待つ数日間、六人は王都の外れにある古い倉庫を仮の拠点にしていた。
崩れかけた石壁の隙間から夜風が細く吹き込んでいる。埃と古い木材の匂いが薄暗い空間に淀んでいた。足元の床板は踏むたびに軋み、その音が静かな夜に妙に大きく響く。
見張りに立っていたメルがふと窓の外に目を向けた。
「――来る」
その声に全員が息を詰めた。
「――やはり、ここにいたか」
闇の中から現れたのは漆黒の装束に身を包んだ影――《穿影将ヴァルガ》だった。
「今度は逃がさないぞ」ルークが大剣を構える。
「イアン、陣を」トビアスが低く指示を飛ばす。
だがヴァルガは動かなかった。ただ静かに六人を見据えている。
「――今日は戦いに来たのではない」
その言葉に全員が一瞬動きを止めた。
「貴様に用がある」
ヴァルガの視線はメルに向けられていた。
「メルクリウス様」
その呼び方に六人の間に緊張が走った。
「――やはり気づいていたんだね」メルが静かに答えた。
「あなたが人間側にいることは以前から掴んでいた」ヴァルガは低く続けた。「だがそれは裏切りだとずっと思っていた」
「裏切りじゃない」メルははっきりと言った。「兄上の命だ」
「――何を言っている」
ヴァルガの声に初めて動揺が滲んだ。
「兄上は人間との戦争を望んでいない。ずっとそうだった」メルは一歩前に出た。「あなたに届いている情報は偽物だ」
「偽物?」
「人間側が魔族を殲滅する計画を進めている。そう聞かされているんだろう」メルは静かに続けた。「それは戦争を長引かせたい誰かが意図的に流した嘘だ」
「――馬鹿な」ヴァルガは低く呻いた。「私は上層部から確かな筋の情報として」
「その確かな筋が、双方に嘘を流している張本人だとしたら?」
メルの言葉にヴァルガは黙り込んだ。
「――証拠は」
「これだ」
イアンが王都で集めた書類の写しを静かに差し出した。封魔銀の備蓄記録と宰相府の印章。
ヴァルガはそれをしばらく無言で見つめていた。
「――封魔銀」
ヴァルガがかすれた声で呟いた。
「私が受けた命令には確かに異世界の少女を捕らえよとあった。理由は《人間側の殲滅計画の要となる存在》だと」
「私が、ですか」理恵が震える声で言った。
「そう聞かされていた」ヴァルガは初めて理恵を真正面から見つめた。「だがあなたはただの料理を作る女性に見える」
「実際そうですから」
理恵の答えにヴァルガはわずかに目を伏せた。
「――私は利用されていたのか」
その呟きには深い苦悩が滲んでいた。
「ヴァルガ」メルが静かに呼びかけた。「兄上に会ってほしい。全てを話してくれる」
「――今は判断がつかない」ヴァルガは首を振った。「だがこの件、私自身の目で確かめる」
そう言い残しヴァルガの姿は再び闇に溶けるように消えていった。
◇ ◇ ◇
静寂が戻った倉庫で、六人はしばらく言葉を発せなかった。
「――信じていいのか」ルークが沈黙を破った。
「分からない」メルは正直に答えた。「でも彼は根が誠実な人間だ。真実を知れば動いてくれると思う」
「あの人も被害者なんですね」コリンが静かに呟いた。
「戦争を続けたい者の駒として双方が使われていた」トビアスが低く言った。「その構図がこれでさらに明確になった」
その夜、理恵は窓辺で静かに夜空を見上げていた。
ヴァルガの言葉が胸に残っている。
――あなたは、ただの料理を作る女性に見える。
その通りだと思う。特別な力もなければ戦う術もない。
それでも誰かに利用され、狙われる存在になってしまった。その事実が重く、しかし不思議と恐怖よりも怒りに近い感情を胸に灯していた。
――この理不尽を、終わらせなければならない。
その決意が理恵の中で静かに固まっていくのを感じていた。
王の回復まで、あと二日。
宰相グレイヴがこの動きに気づく前に全てを終わらせなければならない。
ヴァルガという新たな可能性を得た六人は、静かに最後の準備へと向かい始めていた。




