第73話 証拠、封魔銀の行方
王都南部にある商業区の倉庫街は、夜になると昼間とはまるで違う静けさに包まれていた。
石畳の路地に月明かりだけが淡く差し込んでいる。倉庫の隙間から漂ってくるのは鉄と油の混じった匂いだった。理恵たちが息を潜めると、遠くから夜警の巡回らしき規則正しい足音が響いてきた。
「――こっちだ」
イアンが小声で皆を促した。
「《追跡の陣》の解析結果、この倉庫に反応が集中している」イアンは水晶板を確認しながら続けた。「魔力炉予算から流れた資金の最終的な行き先だ」
「本当に、ここに証拠が?」理恵が緊張した声で尋ねる。
「入ってみないと分からない」トビアスが静かに答えた。「気をつけろ。見張りがいるかもしれない」
倉庫の中は埃っぽい匂いに満ちていた。積み上げられた木箱の隙間を縫うように、六人は慎重に進んでいく。
「――これは」
奥の一角でルークが木箱の蓋をそっと開けた。中には鈍く光る銀色の金属片が大量に収められていた。
「封魔銀だ」イアンが険しい表情で言った。「大量に備蓄されている」
「何のために、こんなに」コリンが不安げに呟く。
「――大規模な作戦のためだ」イアンは静かに分析した。「これだけの量を隠し持っているということは、近く何か大きな動きがある、ということだ」
その時、木箱の陰に一枚の書類が挟まっているのが理恵の目に留まった。
「――これ」
理恵がその書類をそっと取り出す。そこには複雑な取引記録と共に、見覚えのある印章が押されていた。
「――宰相府の印章だ」トビアスが低く呟いた。
「これで証拠が揃いましたね」理恵が震える声で言う。
「まだ足りない」イアンが慎重に言った。「これだけでは状況証拠に過ぎない。だが大きな一歩だ」
その時、外から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「――まずい、見張りだ!」
メルの声に六人は素早く物陰に身を隠した。
「――この倉庫、今夜は静かだな」
外から兵士らしき声が聞こえてくる。
「宰相府の特別な荷らしい。余計な詮索はするなと言われている」
その声が遠ざかっていくのを、六人は息を潜めて待った。
「――危なかったな」
倉庫を抜け出したあと、ルークが大きく息を吐いた。
「証拠は確保した」イアンが書類を大切そうに懐にしまいながら言った。「これをフィオナ殿に届けよう」
王都の裏路地を歩きながら、理恵は先ほどの緊張を、まだ体の芯に感じていた。
「――怖かったか」
隣を歩くトビアスが静かに尋ねた。
「はい、正直」理恵は素直に答えた。「でも必要なことだって分かってるので」
「――無理はするな」トビアスは続けた。「あんたに何かあったら」
その言葉が、そこで不自然に途切れた。
「――トビアスさん?」
「――何でもない」
トビアスはそれだけ言うと視線を逸らした。理恵はその反応に微かな違和感を覚えた。
これまでも何度か感じてきた、彼の中にある、まだ言葉にならない何か。
その正体がこれから、どのような形で明らかになるのか、理恵にはまだその全貌を知る由もなかった。
王都の夜は静かに更けていく。
証拠は少しずつ集まり始めている。だが、その先に待つ宰相グレイヴとの対決は、これまでのどんな戦いよりも危険なものになるだろう。
そしてトビアス自身の中に眠る秘密も、その決着の時にいよいよ明らかにならざるを得なくなる。
六人の運命が大きく動き出す時は、もうそう遠くない未来に迫っていた。




