第71話 完成間近の術式、迫る終わり
術師ギルド本部の魔力炉制御室は、以前にも増して忙しない空気に満ちていた。
積み上げられた魔石の柱が絶えず青白い光を放っている。稼働音が低く唸るように響き、床の魔法陣を通して微かな振動が足の裏に伝わってきた。金属の焦げるような匂いが鼻の奥にうっすらと残る。
「――理恵様」
フィオナがいつになく緊張した面持ちで六人を迎えた。
「《ゲート・リバーサル》の術式は、ほぼ完成しました」
その一言に部屋の空気が大きく揺れた。
「――ほぼ、というのは」理恵が震える声で尋ねる。
「座標精度、魔力供給、生体への安全性。全ての検証項目をクリアしています」フィオナは水晶板を示しながら続けた。「あとは最終的な発動場所とタイミングを決めるだけです」
「発動場所、って?」ルークが尋ねた。
「安定したゲートを開くには、強大な魔力炉の稼働が必要です」フィオナは説明した。「現時点で最も条件が整っているのは、皮肉なことに魔王城の地下に眠る大規模な魔力炉です」
「魔王城、ですか」
「はい。あの規模の魔力炉なら、確実に理恵様を安全に送り出せます。ゼクセル様には、すでに、メルクリウス様を通じて、協力を打診しています」
その説明に理恵は、しばらく言葉を失っていた。
――次に魔王城へ戻る時が、帰る時になる。
その事実が、これまでのどんな瞬間よりも具体的な重みを持って理恵の胸に迫ってきた。
「――つまり」イアンが静かに確認するように言った。「戦争の真相を、魔王城で決着させるその日に、理恵の帰還も同時に叶う、ということか」
「その通りです」フィオナは頷いた。
その夜、理恵は宿の窓辺で一人、夜景を見つめていた。
旅の終わりが帰還の時でもある。
その事実は、これまで漠然と抱いていた「いつかの別れ」を、初めてはっきりとした輪郭を持つものへと変えていた。
「――理恵さん」
声をかけてきたのはコリンだった。
「フィオナ様の話、僕も聞きました」コリンは静かに言った。「次に、魔王城へ戻ったら」
「はい」
「僕たちの旅も、終わるんですね」
その言葉に理恵は、何と答えていいか分からなかった。
「――寂しいです、正直」コリンは耳を力なく垂らしながら続けた。「まだ僕、理恵さんと一緒にいたいので」
「――でも」コリンは少し無理をしたように笑った。「理恵さんが元の世界に帰れるのは良いことですよね。だから複雑です」
「その気持ち、よく分かります」理恵は静かに答えた。「私も同じ気持ちなので」
二人はしばらく無言のまま夜空を見上げていた。
その頃、少し離れた場所では、トビアスが一人、剣の手入れをしていた。
その手はいつもより幾分遅かった。
「――終わる、のか」
誰に問いかけるでもなく、トビアスはそう呟いた。
密命のこと。勇者紋の真実。そして理恵の帰還が目前に迫っているという事実。
その全てがトビアスの中で重なり合いながら、静かに、しかし確実に彼を追い詰め始めていた。
六人の旅は今、確かな終着点を見据え始めていた。
魔王城――そこは、次に訪れる時、戦争の真相に決着をつける場所であると同時に、理恵にとっての帰還の地にもなる。
その事実は、これまでの穏やかな日々の裏で、静かに、しかし確実に六人の心に複雑な影を落としていた。
王都の夜は変わらず更けていく。
だが、その夜空の下で、それぞれの想いはこれから訪れる終わりに向けて、静かに、しかし確かに姿を変え始めていた。




