第67話 静かな帰路、それぞれの覚悟
黒嶺領を抜け国境の森に差し掛かる頃には、空気が少しずつ変わり始めていた。
瘴気混じりの重さが薄れ、代わりに木々の青々とした匂いが鼻先に届いてくる。踏みしめる下草の柔らかさが、これまでの荒れた大地とは違う感触を足裏に伝えてきた。梢の隙間から差し込む光が地面にまだらな模様を描いている。
だが六人の足取りは、これまでのどんな帰路よりも重かった。
「――王都に戻ったら、どう動く」
ルークが沈黙を破るように問いかけた。
「軽率には動けない」トビアスが静かに答えた。「宰相を正面から告発すれば証拠不十分として握り潰される。それどころか俺たち自身が危険に晒される」
「じゃあ、どうすんだよ」
「証拠を集める」トビアスは続けた。「封魔銀の流通経路、軍需に絡む不審な資金の動き。グレイヴに繋がる確かな証拠を」
「フィオナ殿に協力を仰ぐのが現実的だろう」イアンがいつもの調子で言った。「ギルドには独自の情報網がある。表立って動けない分、間接的な調査なら進められるはずだ」
「危険な役目になりますね」コリンが不安げに耳を垂らした。
「危険は承知の上だ」トビアスは静かに頷いた。「だが、これは避けて通れない道だ」
◇ ◇ ◇
夜、野営地に落ち着いた頃、理恵は少し離れた場所で一人、剣の手入れをするトビアスの姿を見つけた。
「――トビアスさん」
「ああ」
「大丈夫ですか。なんだか今日は、ずっと考え込んでる感じがして」
その問いにトビアスは、しばらく答えなかった。
「――勇者紋のことを考えていた」
その一言に理恵は少し驚いた。
「聖堂が勇者紋を管理してるって話、前に聞きましたよね」理恵は慎重に続けた。「それが今回のことと、何か関係あるんですか」
「――分からない」トビアスは正直に答えた。「だが王国の中枢に、これだけの陰謀が渦巻いているなら、聖堂と宰相府がまったくの無関係とは思えない」
「もし、そうだとしたら」
「俺自身の存在も、その陰謀の一部かもしれない」
その言葉には、これまでにない深い不安が滲んでいた。
「――トビアスさん」
理恵は静かに、しかしはっきりと言った。
「何が分かったとしても、私は今のトビアスさんを疑ったりしません」
「――なぜ、そう言い切れる」
「これまでのあなたを見てきたからです」理恵はまっすぐに彼を見つめた。「あなたが何を大事にして、どう生きてきたか。それは誰かに管理された紋様なんかで決まるものじゃないと思うので」
その言葉にトビアスは、しばらく無言だった。
「――ありがとう」
その一言は、これまでのどんな言葉よりも静かで、しかし確かな重みを持っていた。
「トビアスさんも一人で抱え込まないでくださいね」理恵は優しく続けた。「私たち、もう仲間なんですから」
「――ああ」
その頷きに理恵は静かに微笑んだ。
王都へと続く道は、まだ長い。
だが、その道のりの先に、これまでとは違う確かな目的が、六人の前にはっきりと見え始めていた。
宰相グレイヴという見えない敵。
そしてトビアス自身の中に眠る、勇者紋のまだ明かされない真実。
その二つがこれから、どのように絡み合っていくのか、理恵にはまだその全貌を知る由もなかった。
森を抜けた先に、王都へと続く街道が静かにその姿を見せ始めていた。




