第66話 魔王ゼクセル、兄弟の対面
魔王城の謁見の間は、これまで理恵が見てきたどの部屋とも異なる荘厳さを湛えていた。
高い天井には黒曜石を思わせる石材が組まれ、そこかしこに淡く発光する紋様が刻まれている。冷たく澄んだ空気が肌をひやりと撫でていった。玉座の奥から、微かに香を焚いたような落ち着いた香りが漂ってくる。理恵の足音だけが静かな石床に、こつりと響いた。
「――メルクリウス」
玉座に座る人物が静かにその名を呼んだ。
魔王ゼクセルは、理恵が想像していたどんな姿とも違っていた。鋭い角を持つ威圧的な体躯を想像していたが、実際に現れたのは痩身で、どこか物静かな青年だった。その顔立ちはメルとよく似ている。
「――兄上」
メルが深く頭を下げた。
「よく戻った。そちらの方々が噂の勇者パーティーか」
ゼクセルの声は静かで、これまで理恵が想像していた「魔王」のイメージとは大きく異なっていた。
「事情は、メルクリウスから」トビアスが慎重に切り出した。「三年前の襲撃事件について、詳しい話を聞かせてもらえないか」
「――もちろんだ」ゼクセルは静かに頷いた。「まず確認しておきたい。我々は人間との全面戦争を望んでいない。それは即位した当初から変わらぬ我が意志だ」
「その言葉を信じろと?」イアンが鋭く尋ねる。
「疑うのも無理はない」ゼクセルは静かに答えた。「だが、それを証明するために我が知る全てを話そう」
◇ ◇ ◇
「襲撃事件の際、現場に残されていた武器は《封魔銀》で作られていた」ゼクセルは続けた。
「封魔銀?」理恵が聞き慣れない単語に首を傾げる。
「魔力を一時的に無効化する特殊な金属だ」イアンが補足した。「加工には高度な技術が必要で、量産できる場所は限られている」
「王国内の鍛冶工房でしか扱えない素材だ」ゼクセルが静かに告げた。「つまり、あの襲撃は人間側の誰かが意図的に仕組んだものだ」
「――王国の、誰が」トビアスが険しい声で尋ねた。
「そこまでは我々にも分からない」ゼクセルは首を振った。「だが、心当たりがないわけではない」
「教えてください」理恵が思わず前に出た。
「戦争が長引くことで最も利益を得る者たちだ」ゼクセルは静かに答えた。「軍需に群がる貴族。武具や兵糧を扱う商人。そして、戦時における絶大な権限を手にする宰相府」
その言葉に理恵の脳裏に、あの痩せた男の顔が鮮明に浮かび上がった。
「――グレイヴ」
トビアスがその名を低く絞り出すように口にした。
「王国宰相の、グレイヴ閣下のことか」イアンが険しい表情で確認する。
「証拠は、まだない」ゼクセルは慎重に言葉を選んだ。「だが戦況の裏で不自然な利権の動きがあるという情報は、我々の間諜からも幾つか上がっている」
「――もし、それが事実だとしたら」ルークが拳を握りしめながら言った。「俺たちはとんでもない相手を敵に回すことになるな」
「危険は承知の上だ」トビアスが静かに、しかし確かな声で言った。「だが、この真相を見過ごすことはできない」
その言葉に六人はそれぞれの表情で静かに頷いた。
「――勇者殿」
ゼクセルが静かにトビアスを見つめた。
「あなた方が、この戦争の真実を追う覚悟があるなら、我々も協力を惜しまない。人間と魔族、双方の力を合わせなければ、この陰謀を暴くことは難しいだろう」
「――ありがたい申し出だ」トビアスは深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
謁見を終え魔王城を後にする道すがら、理恵はメルの横顔をそっと見つめた。
「――お兄さん、優しい方なんですね」
「うん」メルは静かに頷いた。「昔から、争いごとより対話を好む人だったよ」
「メルさんが人間側に立ったのも、お兄さんのためだったんですね」
「――半分は、そうだね」メルは少し照れくさそうに笑った。「でも、今はそれだけじゃない」
その視線が理恵に向けられていることに、理恵は気づいていた。
王国への帰路、六人の胸には、これまでとはまったく違う決意が静かに宿っていた。
魔王討伐は、もはや目的ではない。
戦争の裏で暗躍する、宰相グレイヴという存在。
その真相を暴くことこそが、これから六人が目指すべき本当の使命となった。
だが、その道のりはこれまでのどんな戦いよりも危険なものになるだろう。
王国そのものを敵に回すかもしれない、この選択の先に何が待っているのか、六人はまだその全貌を知らなかった。
黒嶺領の空に、夕陽が静かに沈んでいった。




