第65話 魔王城への道、六人の選択
翌朝、野営地に差し込む光は、いつもより白く感じられた。
草の葉先に残る夜露が、朝日を受けて小さく光っている。焚き火の残り香が、まだ、うっすらと空気に漂っていた。理恵が身支度を整えていると、隣のメルが、これまでとは違う、真剣な面持ちで、地図を広げているのが見えた。
「――ここから、魔王城まで、三日ほどだ」
メルが、静かに告げた。
◇ ◇ ◇
「本気で、行くのか」ルークが、腕を組みながら尋ねる。
「これ以上、真相を探るには、兄上と、直接、話す必要がある」メルは、真剣な表情で答えた。「兄上なら、これまでの襲撃事件について、僕よりも詳しい情報を、持っているはずだ」
「――危険すぎる」イアンが、険しい表情で言った。「魔王城に、人間が足を踏み入れれば、俺たちの立場は、どうなる」
「分かってる」メルは、頷いた。「だからこそ、僕が、先に話を通す。皆は、僕の保証の下でなら、安全に、入れるはずだ」
◇ ◇ ◇
「――理恵は」
トビアスが、静かに、理恵の方を見た。
「危険な選択だ。……無理に、同行する必要は、ない」
「行きます」理恵は、迷わず答えた。「ここまで来たら、最後まで、見届けたいので」
その即答に、トビアスは、少し驚いたように、目を見開いた。
「――あんたらしいな」
その言葉には、これまでにない、確かな信頼の色が、滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「魔王城への道中は、《結界の道標》を頼りに進む」メルが、懐から、小さな水晶の欠片を取り出した。「これは、魔族領の要所に設置された、道案内用の魔道具でね。……人間側の地図には、載っていない道を、通れる」
「秘密の抜け道、ってことですか」理恵が尋ねると、メルは頷いた。
「僕らみたいな、身元を明かさない旅人が、安全に移動するための、古くからの仕組みだよ」
◇ ◇ ◇
道中、理恵は、これまでとは違う、メルの様子に気づいていた。
言葉遣いこそ、いつもと変わらない。だが、その背筋は、これまでよりも、まっすぐに伸びている。まるで、隠していた本来の自分を、少しずつ、取り戻していくかのようだった。
「――なんか、雰囲気、変わりましたね」
理恵が、思い切って言うと、メルは、少し照れくさそうに笑った。
「そう見える?」
「はい。……堂々として見えます」
「――そうかもね」メルは、静かに、続けた。「これまで、ずっと、本当の自分を、隠して生きてきたから」
◇ ◇ ◇
「――怖くないんですか」理恵が尋ねると、メルは、少し考えてから答えた。
「怖いよ、正直」メルは、静かに言った。「皆に、正体がばれた時、拒絶されるかもしれないって、ずっと、思ってた」
「でも」
「理恵ちゃんが、あの時、止めてくれたから」メルは、まっすぐに、理恵を見つめた。「僕は、また、前を向けるようになった」
その言葉に、理恵は、静かに、微笑んだ。
◇ ◇ ◇
夜、野営の準備を終えた頃、コリンが、理恵の隣に、そっと腰を下ろした。
「――僕、まだ、少し、戸惑ってます」コリンは、正直に打ち明けた。「メルさんが、魔王の弟だって、頭では、分かってても」
「そうですよね」
「でも」コリンは、続けた。「一緒に戦って、一緒にごはんを食べてきた、メルさんが、悪い人だとは、僕にも、思えないんです」
その言葉に、理恵は、静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
三日目の夕刻、一行の前に、ついに、その威容が姿を現した。
黒い尖塔が、幾つも、空に向かって聳え立っている。城壁は、人間の技術では成し得ないほど、複雑な紋様で覆われていた。空気には、これまで感じてきた瘴気とは、また違う、重厚な魔力の圧が、満ちている。
「――魔王城だ」
メルの声に、六人は、それぞれの覚悟を胸に、その門へと、足を進めていった。
これから始まる対話が、六人の運命を、そして、この戦争そのものの行方を、大きく左右することになる。
その予感を胸に、六人は、静かに、しかし確かな決意とともに、その先へと歩みを進めていった。




