第64話 魔王は、戦争を望んでいない
焚き火の炎が、静かに揺れていた。
薪の爆ぜる音だけが響く中、六人はメルの言葉を待っていた。夜風が草原を渡り、乾いた草の匂いを運んでくる。理恵は膝の上で手を握りしめ、じっとメルを見つめていた。
「――兄上のことから、話そうと思う」
メルは静かに切り出した。
「魔王――ヴァル・ノクス家の現当主は、僕の実の兄だ。名を、ゼクセルという」
◇ ◇ ◇
「魔王という呼び名から、皆は、残虐で好戦的な存在を想像しているだろう」メルは続けた。「だが、兄上は、そういう人じゃない」
「――どういうことだ」トビアスが、静かに尋ねた。
「兄上は、この戦争を、望んでいなかった」メルは、はっきりと言った。「即位した当初から、人間側との和平を、模索していた」
その言葉に、イアンが、眉をひそめた。
「だが、実際に、戦争は続いている。……お前の言葉と、現実が、矛盾しているように聞こえるが」
「そこが、問題なんだ」メルは、頷いた。
◇ ◇ ◇
「三年前、和平交渉が、一度、まとまりかけたことがあった」メルは、静かに続けた。「だが、その直前、人間側の使者団が、何者かに襲撃されて、全滅した」
「――誰が」コリンが、震える声で尋ねる。
「当時は、魔族側の急進派の仕業とされた」メルは、続けた。「だが、僕は、調べた。……あの襲撃に使われた武器は、魔族の技術じゃなかった」
「人間側の、技術ってことか」ルークが、低く唸った。
「その通りだ」
◇ ◇ ◇
「その後も、似たようなことが、何度も起きた」メルは、拳を握りしめながら、続けた。「和平の兆しが見えるたびに、まるで、それを潰すかのように、新たな衝突が、意図的に引き起こされる」
「――第三者が、いるってことですね」理恵が、静かに言った。
「僕は、そう確信してる」メルは、頷いた。「人間側にも、魔族側にも、偽の情報を流して、両者の憎しみを、絶やさないようにしている、誰かが」
◇ ◇ ◇
「その第三者を、探るために、お前は、人間の側に」トビアスが、鋭く尋ねた。
「そうだ」メルは、頷いた。「兄上の命で、僕は、人間側に潜入した。……勇者パーティーという、最も情報が集まる場所に、身を置くために」
「――利用されてた、ってことか、俺たちは」ルークが、複雑な表情を浮かべた。
「最初は、そうだった」メルは、正直に認めた。「だが、今は、違う」
◇ ◇ ◇
「理恵ちゃんと出会って……皆と、一緒に旅をするうちに、僕にとって、この時間は、任務以上のものになった」メルは、まっすぐに、皆を見つめた。「これは、言い訳じゃない。ただ、本当の気持ちだ」
その言葉に、場に、静かな沈黙が落ちた。
「――魔王軍の、統率の取れた動きも」イアンが、ふと、思い出したように言った。「捕虜の証言も、瘴気溜まりの異常も……全部、その第三者の、工作の一環だとしたら」
「筋が通る」メルが、頷いた。「兄上も、僕も、この戦争の裏にいる存在を、突き止めようとしてる」
◇ ◇ ◇
「――なら」
理恵が、静かに、しかし、はっきりと言った。
「私たちの目的も、変わるべきなんじゃないですか」
「理恵さん?」コリンが、理恵を見た。
「魔王を倒すことじゃなくて。……この戦争を、本当に終わらせるために、その黒幕を、見つけ出すこと」理恵は、続けた。「それが、本当の意味で、皆を、救うことになると思うんです」
◇ ◇ ◇
その提案に、トビアスが、しばらく、考え込んだ。
「――簡単なことじゃない」トビアスは、静かに言った。「王国上層部が、この真相を、歓迎するとは、思えない」
「それでも」理恵は、まっすぐに、皆を見回した。「知ってしまった以上、見過ごすことは、できません」
その言葉に、五人は、それぞれの表情で、静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
沈黙の食卓から始まった、この夜の対話は、こうして、六人の旅の意味そのものを、大きく変えることになった。
魔王討伐という、これまで疑いもしなかった目的。
それが今、戦争の真相を解き明かすという、より大きな、そして、より危険な使命へと、姿を変えようとしていた。
夜空の下、六人は、新たな決意を胸に、静かに、しかし確かに、次の一歩を踏み出そうとしていた。
この選択が、これから、王国そのものとの対立へと、繋がっていくことを――この時の六人は、まだ、その全貌を、知らなかった。




