第58話 僕が大人になったら
翌朝、一行は小さな泉のほとりで水を汲んでいた。
朝靄がまだ薄く残る水面に、木々の影が揺れて映っている。ひんやりとした水の冷たさが、手を浸すたびに指先を伝った。近くの茂みから、朝露に濡れた葉の青い匂いが漂ってくる。鳥のさえずりが、あちこちで重なり合うように響いていた。
理恵が水袋を満たしていると、コリンが少し離れた場所から、じっとこちらを見ていることに気づいた。
「コリンさん、どうしました?」
「あ……いえ」
コリンは慌てたように視線を逸らした。だが、その耳は落ち着きなく揺れ続けていた。
「――理恵さん」
しばらくして、コリンが意を決したように口を開いた。
「昨日の夜、ルークさんと何か話してましたよね」
「え、あ……それは」
理恵は言葉を濁した。だがコリンは、それ以上問い詰めようとはしなかった。
「――多分、僕、分かってると思います。何を話してたか」
その言葉に理恵は少し驚いた。
◇ ◇ ◇
「僕、十八歳です」コリンは静かに切り出した。「ルークさんや、他の皆さんに比べたら、まだまだ子供です」
「そんなこと」
「でも」コリンはまっすぐに理恵を見つめた。「今、告白しても、多分理恵さんは僕を、弟みたいな存在としてしか見てくれないと思うんです」
その指摘に理恵は、何も言い返せなかった。それは否定しきれない正直な感覚だった。
「だから今は、まだ言いません」コリンは少し震える声で続けた。「でも」
「でも?」
「僕がもっと大人になったら」コリンの声が静かに、しかし確かに響いた。「その時は候補に入れてくれますか」
その一言に理恵の胸が大きく震えた。
「――候補」
「はい」コリンは真剣な表情で頷いた。「今すぐの答えはいりません。ただ、僕がちゃんと一人前になったとき、その時になって初めて、他の皆さんと同じ土俵に立たせてほしいんです」
「それは」理恵は慎重に言葉を選んだ。「今の気持ちを否定することじゃ、ないですよね」
「はい」コリンは頷いた。「僕はただ、正々堂々と皆さんと張り合いたいだけです。今の子供扱いされたままの立場で告白しても、それはずるいと思うので」
その誠実さに理恵は静かに胸を打たれた。
「――分かりました」理恵は静かに、しかしはっきりと答えた。「その時が来たら、ちゃんと候補に入れます。約束します」
「――本当ですか!」
コリンの耳が勢いよく立った。その無邪気な喜びように、理恵は思わず笑ってしまった。
「――でも、コリンさん」
「はい」
「無理に大人になろうとしなくても、いいんですよ」理恵は優しく続けた。「コリンさんの、今のコリンさんらしさも、私はちゃんと好きなので」
その言葉にコリンは、しばらく何も言えずにいた。
「――ありがとう、ございます」
彼の声は少しだけ涙混じりだった。
◇ ◇ ◇
その日の午後、理恵は上級治癒術の練習に励むコリンの姿を、遠くから見守っていた。
薬草を丁寧に処理し、複雑な詠唱を何度も繰り返し練習している。その真剣な横顔には、これまでのどんな時よりも確かな決意が宿っているように見えた。
「――頑張ってますね、コリンさん」
隣に来たメルが、その様子を見ながら静かに呟いた。
「はい」
「あの子なりの戦い方なんだろうね」メルは少し寂しそうに笑った。「僕も負けてられないな」
その一言に理恵は、メルの中にある、まだ言葉にならない何かを、また一つ感じ取った。
その夜、理恵は今日交わした約束を静かに反芻していた。
コリンの誠実で健気な想い。
その真剣さに応えるためにも、自分自身、この六人との関係にもっと真剣に向き合わなければならない。
その思いが理恵の胸に確かに芽生え始めていた。
だが、まだ告白は続く。
イアンの、そしてトビアスの想いが、これからどんな形で姿を現すのか、理恵には、まだその全てを知る由もなかった。
泉のほとりに広がる夜空の下、六人の物語はさらに、その核心へと近づいていた。




