第57話 魔王倒したら俺と来い
王都を発って三日、街道は開けた丘陵地帯へと差し掛かっていた。
夕暮れの風が丈の低い草原を波打たせる。乾いた土の匂いに、どこか甘い花の香りが混じっていた。踏みしめる地面はまだ昼間の熱を残し、靴底からじんわりと伝わってくる。遠くで家路を急ぐ鳥の群れが、鳴き声を残しながら空を横切っていった。
野営の準備を終えた理恵が焚き火の番をしていると、ルークが珍しく硬い表情で近づいてきた。
「――理恵さん、ちょっといいか」
「はい、何ですか」
ルークはしばらく言葉を探すように黙っていた。焚き火の炎が、その顔を赤く照らしている。
「――魔王、倒したらさ」
ルークは大きく息を吸ってから続けた。
「俺と来てくれないか」
「――え?」
理恵は一瞬、その言葉の意味をうまく飲み込めなかった。
「戦争が終わったら、俺、故郷に戻って店でも開こうと思ってるんだ」ルークはまっすぐに理恵を見つめながら続けた。「食堂とか、そういうやつ。あんたの飯、毎日隣で食えたら最高だなって、ずっと思ってた」
「ルークさん」
「今すぐ、返事しろってわけじゃない」ルークは慌てたように続けた。「ただ、俺の気持ち、ちゃんと伝えときたくて」
その素直さに理恵は胸が大きく高鳴るのを感じた。
「――嬉しいです、その気持ち」理恵は正直に答えた。「でも、まだちゃんと考える時間もらえますか」
「もちろんだ」ルークは力強く頷いた。「急かす気はないから」
「――でもさ」
ルークは少し照れくさそうに続けた。
「今日言えて良かった。ずっと腹の底に溜め込んでたのが、なんかスッキリした」
「そういうものなんですか」
「おう。傭兵団の連中って、明日をも知れない命だったからさ」ルークは少し遠い目をしながら言った。「言いたいことは、その日のうちに言え、って教えられて育ったんだ」
その言葉に理恵は、彼らしいまっすぐな生き方の理由を、また一つ理解した気がした。
◇ ◇ ◇
その夜、宿営地に戻ると、コリンが二人の様子をどこか気にする素振りを見せていた。
「――理恵さん、ルークさんと何か話してました?」
「え、あ……ちょっと色々」
理恵は言葉を濁した。だがその反応だけで、コリンは何かを察したらしかった。
「――そうですか」
コリンの耳が少しだけ垂れた。その様子に理恵は胸がちくりと痛んだ。
少し離れた場所で、イアンとメルが低く言葉を交わしていた。
「――ルークが先に動いたな」イアンが眼鏡を押し上げながら呟く。
「そうだね」メルがいつもの調子で、しかしどこか複雑な色を滲ませながら答えた。「僕らも、うかうかしてられないってことか」
「――お前は動かないのか」
その問いにメルはしばらく答えなかった。
「――僕には、まだ動けない事情があるからね」
その言葉の意味をイアンは正確には理解できなかった。だが、その声に滲むいつもとは違う重さだけは確かに感じ取っていた。
◇ ◇ ◇
その夜、理恵は寝台の中で、ルークの告白を静かに反芻していた。
これまで、なんとなく感じていた五人それぞれの想い。
それが今、初めてはっきりとした言葉として、理恵の前に姿を現し始めていた。
――本当に、複数人から想いを寄せられている。
その事実を理恵は、ようやく現実のものとして受け止め始めていた。
だが、その答えをどう出すべきなのか。
理恵には、まだその道筋が見えていなかった。
丘陵地帯の夜空に、星々が変わらず静かに瞬いていた。
そして、この告白を皮切りに、六人の関係はこれから、これまで以上に複雑な局面へと突き進んでいくことになる。




