第56話 完成した護符、新たな決意
術師ギルド本部の一室に、乳鉢で何かをすり潰す音が、絶え間なく響いていた。
窓から差し込む光が、作業台に散らばる白い粉を、きらきらと輝かせている。鼻をくすぐるのは、石をすり潰した際に立つ、独特の粉っぽい匂いだった。理恵が近づくと、作業台の木の縁が、これまで何度も擦られてきたのか、つるりと滑らかな感触を指先に伝えてくる。イアンの手元からは、細筆が紙を撫でる、かすかな音だけが続いていた。
「――もう少しだ」
イアンが、集中した表情のまま、呟いた。
◇ ◇ ◇
数日をかけた作業の末、護符は、ついに完成した。
「――できた」
イアンが、疲れた様子ながらも、確かな達成感を滲ませて、一枚の紙を掲げた。白鉱石を溶いた顔料で描かれた術式が、紙の上で、淡く発光している。
「これが、あの護符……」理恵は、思わず、感嘆の声を漏らした。
「小さく折りたたんで、お守り袋に入れた」イアンは、布袋に収めた護符を、理恵に差し出した。「常に、身につけておいてくれ」
「ありがとうございます、イアンさん」
理恵は、その護符を、大切に受け取った。手のひらに乗せると、紙の薄さの奥に、かすかな温もりが感じられる気がした。
◇ ◇ ◇
試験のため、理恵は、その場で護符を身につけ、フィオナによる波長の測定を受けることになった。
「――驚きました」
測定を終えたフィオナが、水晶板を見ながら、目を見開いた。
「波長の輪郭が、ほとんど、感知できなくなっています。これほどの精度は、正直、期待していませんでした」
「本当ですか」
「はい。……イアン様の技術、大したものです」
その言葉に、イアンは、少し照れくさそうに、眼鏡を押し上げた。
◇ ◇ ◇
「これで、少なくとも、触媒として狙われるリスクは、大幅に減った」トビアスが、安堵の色を滲ませながら言った。
「良かったですね、理恵さん!」コリンが、耳を揺らしながら喜ぶ。
「皆さんのおかげです。……本当に、ありがとうございます」
理恵は、護符を、そっと胸に押し当てた。
「――これで、少しは、安心して旅を続けられるな」ルークが、伸びをしながら笑った。
「油断は禁物だ」イアンが、いつもの調子で釘を刺す。「あくまで、リスクを減らしただけに過ぎない。ヴァルガの狙いそのものが、消えたわけじゃない」
「分かってるって」
その掛け合いに、理恵は、思わず頬を緩めた。
◇ ◇ ◇
その夜、理恵は、護符を身につけたまま、宿の窓辺で、静かに夜空を見上げていた。
この数日、六人で力を合わせて、一つの目標に向かってきた。その過程で、これまで以上に、それぞれとの絆が、確かなものになっていくのを感じていた。
「――理恵」
声をかけてきたのは、トビアスだった。
「トビアスさん」
「その護符、似合ってる」
珍しい褒め言葉に、理恵は、思わず笑った。
「ありがとうございます」
「――これからも、色々あるだろうが」トビアスは、静かに続けた。「あんたが、この旅を選んでくれたこと、俺は、心から、感謝している」
その言葉に、理恵の胸が、静かに、確かに、温かくなった。
◇ ◇ ◇
こうして、ヴァルガとの対峙を経て、理恵と六人の絆は、これまでにない強さを持つに至った。
戦えない自分にも、できることがある。
仲間を守るための一助になれる。
その確信は、これから訪れる、様々な試練を乗り越えるための、確かな支えとなっていく。
だが、六人の旅路には、まだ、多くの謎と、まだ言葉にならない想いが、静かに眠っていた。
護符の淡い光を胸に、理恵たちの旅は、次なる局面へと、確かな一歩を踏み出していく。




