↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
53/116

第53話 転界の触媒、フィオナの警告

## 第53話 転界の触媒、フィオナの警告


 王都に戻った一行が向かったのは、真っ先に術師ギルド本部だった。


 地下三階の研究室には、いつもと変わらず、魔石の淡い光が満ちている。だが、理恵の胸には、これまでにない緊張が、重くのしかかっていた。案内された部屋の空気は、どこか薬品めいた匂いを帯び、足を踏み入れるたびに、床の魔法陣が微かに振動を伝えてくる。


「――転界の触媒、ですか」


 事情を聞いたフィオナは、しばらく、考え込むように黙っていた。


「聞き覚えは、ある言葉です」フィオナは、慎重に切り出した。「――古い禁術に関する記録の中に、似た表現が、残っています」


   ◇ ◇ ◇


「どんな、記録なんですか」理恵が尋ねると、フィオナは、書架から、一冊の古びた書物を取り出した。


「《転界術式》は、本来、世界と世界の境界を、一時的に緩める術式です」フィオナは、ページをめくりながら説明した。「だが、その境界を緩める際、特定の条件を満たした存在が、『触媒』として機能することがある、と記されています」


「特定の条件、って?」


「――異世界からの転移者そのもの、というのが、最も有力な説です」フィオナは、静かに続けた。「あなたの体そのものが、境界を緩める『鍵』として、利用される可能性がある」


   ◇ ◇ ◇


 その説明に、理恵の背筋が、冷たくなった。


「つまり、魔王軍は……私を使って、何かの術式を、発動させようとしてるってことですか」


「可能性の話です」フィオナは、慎重に言葉を選んだ。「ですが、無視できる可能性ではありません」


「――何のために、境界を緩める必要があるんだ」トビアスが、険しい声で尋ねた。


 フィオナは、少し、言いにくそうな表情を浮かべた。


「――最悪の想定としては」フィオナは、静かに告げた。「異世界から、こちらの世界へ、大規模な何かを、呼び込むため」


   ◇ ◇ ◇


「大規模な、何か」イアンが、眉をひそめながら繰り返した。「魔物の群れか、それとも」


「分かりません」フィオナは、首を振った。「だからこそ、これは、あくまで最悪の想定として、聞いてください」


 その場に、重い沈黙が落ちた。


「――理恵を、これ以上、危険に晒すわけにはいかない」トビアスが、静かに、しかし確かな声で言った。


   ◇ ◇ ◇


「対策は、あるんですか」ルークが、腕を組みながら尋ねた。


「一つ、考えられるのは」フィオナは、慎重に答えた。「あなたの帰還を、予定より早める、という選択肢です」


 その言葉に、理恵は、思わず、息をのんだ。


「元の世界に帰ってしまえば、少なくとも、この世界にいる限りの危険は、回避できます」フィオナは、続けた。「もちろん、まだ、実用化には、時間がかかりますが……優先度を、上げることは、可能です」


   ◇ ◇ ◇


 その提案に、部屋の空気が、再び、張り詰めた。


 理恵は、五人の顔を、順番に見た。


 ルークの、複雑な表情。


 コリンの、耳を垂れさせた不安げな様子。


 イアンの、あえて感情を見せまいとする硬い顔。


 メルの、これまでになく、真剣な眼差し。


 そして、トビアスの、何かを堪えるような、静かな沈黙。


   ◇ ◇ ◇


「――決めるのは、理恵だ」


 トビアスが、静かに言った。


「あんたの安全が、最優先だ。だが、その選択も、あんた自身が決めるべきことだ」


 その言葉に、理恵は、静かに頷いた。


「少し、考えさせてください」


「もちろんです」フィオナが、頷いた。


   ◇ ◇ ◇


 その夜、理恵は、宿の窓辺で、一人、夜空を見上げていた。


 自分の存在が、この世界にとって、危険の引き金になるかもしれない。


 その事実は、これまでのどんな戦闘よりも、理恵の心に、重くのしかかっていた。


 だが、同時に、理恵の胸には、簡単には割り切れない、もう一つの想いも、確かに存在していた。


 ――この六人と、まだ、一緒にいたい。


 その願いと、皆の安全という現実。


 その狭間で、理恵の心は、静かに、しかし確かに、揺れ続けていた。


 王都の夜は、いつもと変わらず、静かに更けていく。


 だが、その静けさの向こうで、理恵の運命を左右する、大きな選択の時が、確かに近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。