第52話 再戦、暴かれる影
## 第52話 再戦、暴かれる影
その機会は、思いのほか早く訪れた。
詰所からの帰り道、六人が街道を進んでいると、周囲の空気が不意に重くなった。木々のざわめきがぴたりと止み、鳥の声すら聞こえなくなる。土を踏む音だけが、やけに響いた。
「――来る」
トビアスが低く言った。
「陣を!」
イアンの合図で、六人はすぐさま隊形を組んだ。理恵を中心に、五人が円を描くように立つ。地面に、昨日と同じ魔法陣が、淡い光を帯びて浮かび上がった。
◇ ◇ ◇
「――ほう」
闇の中から、ヴァルガの声が響いた。
「前に会った時とは、様子が違うようだな」
「同調、開始する」イアンが叫んだ。「理恵、いつも通りでいい」
「はい」
理恵は、目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えた。以前の訓練と同じ感覚。自分の魔力が、静かに、しかし確かに、五人の魔力と溶け合っていくのが分かる。
地面の光が、一気に輝きを増した。
◇ ◇ ◇
「――見つけた」
トビアスの声が響いた瞬間、剣が、何もない空間へ向けて振るわれた。
金属の音とともに、闇の一角が揺らぎ、ヴァルガの姿が、初めて、はっきりと浮かび上がった。
「馬鹿な――探知の陣、だと」
ヴァルガの声に、初めて、動揺の色が滲んだ。
「今度は、こっちの番だ!」
ルークの大剣が、容赦なく振り下ろされる。ヴァルガは、辛うじてそれをかわしたが、その動きは、これまでよりも、明らかに精彩を欠いていた。
◇ ◇ ◇
「イアン、続け!」
「――《フレイム・ランス》!」
炎の槍が、ヴァルガの脇腹を掠める。浅い傷ではあったが、確かな一撃だった。
「くっ――」
ヴァルガが、初めて、苦痛の声を漏らした。
「これで、終わりだ!」
トビアスの剣が、鋭く走る。だが、その一撃が届く寸前、ヴァルガの姿が、再び、闇に溶けるように消えた。
「――逃げたか!」
メルが、悔しそうに叫ぶ。
◇ ◇ ◇
闇の奥から、ヴァルガの声だけが、静かに響いた。
「――今日のところは、退く。……だが、覚えておけ」
「何を、企んでる!」トビアスが、闇に向かって叫んだ。
「貴様らが守るその女は、いずれ、魔王軍にとって、欠かせない存在になる」ヴァルガの声には、これまでにない、確かな重みがあった。「――《転界の触媒》として、な」
その一言を最後に、気配は、完全に消え去った。
◇ ◇ ◇
「――転界の、触媒?」
理恵が、震える声で呟いた。
「聞いたことのない言葉だ」イアンが、険しい表情で言った。「だが、転界という言葉が使われている以上……あんたの転移現象と、何か、関係があるのかもしれない」
「私を、材料か何かに、使うつもりってことですか」
その可能性に、理恵の背筋が、冷たくなった。
「まだ、断定はできない」トビアスが、静かに、しかし確かな声で言った。「だが、これまで以上に、あんたを、守る必要がある」
◇ ◇ ◇
「――ありがとうございました、皆さん」
理恵は、五人の顔を、順番に見た。
傷一つない、無事な五人の姿。それは、これまでの戦いでは、決して当たり前ではなかった。
「探知の陣、思った以上に、うまくいったな」ルークが、額の汗を拭いながら、笑った。
「理恵さんのおかげです」コリンが、耳を揺らしながら言う。
「――皆の連携のおかげだ」イアンが、いつもの調子で訂正する。「一人でも欠けていれば、あの精度は出なかった」
◇ ◇ ◇
その夜、理恵は、ヴァルガの残した言葉を、静かに反芻していた。
――転界の触媒。
その言葉の意味は、まだ、はっきりとしない。だが、その不穏な響きが、これから、自分たちの旅路に、新たな影を落とすことになるという予感を、理恵は、確かに感じ取っていた。
王都への帰路は、まだ、続いていく。
だが、その先に待つものが、これまでよりも、さらに大きな試練であることを、この時の理恵は、まだ、その全貌を、知らなかった。
国境の夜空に、星々が、変わらず静かに瞬いていた。




