第48話 私、抜けます
その夜、一行は森を抜けた先の平地で野営することになった。
空には雲一つなく、満天の星が広がっている。だが焚き火を囲む六人の間には、これまでのどんな夜とも違う、重い沈黙が垂れ込めていた。薪の爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。夜風が吹くたび、まだ癒えきらないルークの肩の包帯が、かすかに揺れた。焦げた血の匂いが、まだどこかに残っているような気がした。
理恵は、鍋をかき混ぜる手を止めたまま、しばらく動けずにいた。
「――理恵さん、飯まだ?」
ルークが、いつもより控えめな声で尋ねる。
「あ……すみません、少し待ってください」
理恵は、慌てて手を動かした。だが、その手つきは、いつものような迷いのなさを失っていた。
夕食を終えても、六人の間の空気は、ほとんど動かなかった。誰も、今日の戦闘について、進んで口にしようとはしなかった。
その沈黙を破ったのは、理恵自身だった。
「――皆さん」
全員の視線が、理恵に集まる。
「私、抜けます」
その一言に、場の空気が、凍りついた。
◇ ◇ ◇
「抜けるって、どういうことだよ!」
真っ先に声を荒げたのは、ルークだった。
「今日の戦い、見たじゃないですか」理恵は、震える声で続けた。「私がいたから、皆さんは、本来の戦い方ができませんでした。……ルークさんは怪我をして、コリンさんは魔力を使い果たして」
「それは」
「私がいる限り、これからも、同じことが起きます」理恵は、俯いたまま続けた。「――私は、皆さんの、足枷にしかなれません」
「そんなこと言うな!」コリンが、耳を大きく震わせながら叫んだ。「理恵さんは、足枷なんかじゃ」
「客観的に見て」イアンが、静かに、しかし険しい表情で口を挟んだ。「今日の戦闘で、パーティー全体の戦闘効率が、著しく低下したのは事実だ。……だが、それは、あんたを切り捨てる理由には、ならない」
「イアンさんの言う通り効率は落ちました」理恵は、静かに首を振った。「でも、その効率の低下が、皆さんの命に関わるなら、話は別です」
「理恵ちゃん」
メルが、これまでにない、真剣な声で呼びかけた。
「あの将の狙いが、理恵ちゃんだって分かった以上、一人にする方が、よっぽど危険だよ」
その言葉に、理恵は、一瞬、言葉を詰まらせた。だが、その迷いを、無理やり振り払うように、続けた。
「それでも、です。……このまま、皆さんの足を引っ張り続けるくらいなら、私は」
その時、ずっと黙っていたトビアスが、静かに口を開いた。
「――好きにしろ」
その一言に、場の空気が、再び凍りついた。
「トビアス!」ルークが、信じられないという顔で振り返る。「お前、正気か!?」
トビアスは、焚き火を見つめたまま、それ以上、何も言わなかった。
理恵は、その反応に、これまで感じたことのない、深い痛みを覚えた。
止めてほしかったのか、自分でも分からない。だが、少なくとも、こんな、あっさりとした返事は、望んでいなかった。
「――分かりました」
理恵は、それだけ言うと、静かに立ち上がった。
◇ ◇ ◇
翌朝、理恵は、詰所から手配してもらった護衛隊とともに、王都へ向けて出発することになった。
「――本当に、行くのか」
見送りに出たルークが、最後にもう一度、そう尋ねた。
「はい」
「――寂しくなるな」
その一言だけを残し、ルークは、それ以上、引き止めなかった。コリンは、何か言いたげな顔をしていたが、結局、言葉にはならなかった。イアンは、険しい表情のまま、無言で頷いた。メルだけが、最後まで、何か言いたそうに、理恵を見つめていた。
トビアスは、その場に、姿を見せなかった。
護衛の兵士たちに囲まれながら、理恵は、王都へと続く街道を歩いていった。
昨日までとは、まるで違う道行きだった。賑やかな軽口も、笑い声も、そこにはない。ただ、規則正しい足音と、鎧の擦れる音だけが、静かに続いていく。
理恵は、その静けさの中で、昨夜のトビアスの言葉を、何度も、頭の中で繰り返していた。
――好きにしろ。
その素っ気なさが、これほどまでに胸を締め付けるとは、思ってもいなかった。
だが、その言葉の裏に、本当は何があったのか。その答えを、理恵はまだ、知らなかった。
王都へと続く道は、これまでのどんな道よりも、長く、そして重く、理恵の前に延びていた。




