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第39話 コリンとの一日、成長の証

四日目のくじは、コリンが引き当てた。


 その日の午前、二人が向かったのは、テルマ・リュネの屋台通りだった。


 狭い通りの両脇に、所狭しと屋台が並んでいる。焼き団子に絡めた甘辛い木の実だれの香ばしい匂い、揚げ菓子の油の匂い、湯上がりに飲むための、冷たい果実水の爽やかな香りが、複雑に入り混じっていた。石畳には、湯上がりの人々が落とした、水滴の跡がところどころに残り、踏むたびに、ひやりとした感触が足の裏に伝わってくる。威勢のいい売り子の声と、下駄めいた履物の音が、絶え間なく響いていた。


「――理恵さん、あそこ、あそこ!」


 コリンが、目を輝かせながら、一軒の屋台を指し示した。


   ◇ ◇ ◇


「これ、僕、大好物なんです!」


 コリンが選んだのは、蜂蜜と木の実をまぶした、揚げ菓子だった。


「美味しそうですね」


「一緒に食べましょう!」


 二人は、屋台の軒先で、その揚げ菓子を頬張った。表面はさくりと軽く、中はもっちりとした食感で、蜂蜜の甘さが、口いっぱいに広がっていく。


「――美味しい!」


「でしょう!」


 その無邪気な喜びように、理恵は、思わず頬が緩んだ。


   ◇ ◇ ◇


 屋台を巡りながら、コリンは、これまで見たことのないほど、生き生きとした表情を見せていた。


「コリンさん、今日は、いつもより、楽しそうですね」


「そう、ですか?」


「はい。年相応、っていうか」


 その言葉に、コリンは、少し照れくさそうに笑った。


「――理恵さんと一緒だと、無理して大人ぶらなくていい、っていうか」コリンは、少し考えながら続けた。「普段は、どうしても、パーティーの中で、しっかりしなきゃって思っちゃうので」


「今日は、思いっきり、羽を伸ばしていいですよ」


「はい!」


   ◇ ◇ ◇


 昼過ぎ、二人は、町の外れにある、小さな薬草園に立ち寄った。


「――ここ、治癒術師の間では、有名な場所なんです」コリンが、少し誇らしげに説明した。「地脈の影響で、他の場所より、薬草の効力が、格段に高いらしくて」


「薬草にも、地脈って関係あるんですね」


「はい。清浄な魔力を吸った薬草は、通常より、治癒効果が高まるんです」コリンは、一本の草を、丁寧に手に取った。「これとか、普通の傷薬に使うより、この土地のものを使うと、効き目が全然違うんですよ」


 その説明を聞きながら、理恵は、コリンの、専門知識への確かな熱意を、改めて感じ取った。


   ◇ ◇ ◇


「――今度、これ使って、上級治癒術、試してみようと思ってます」


 コリンが、少し緊張した面持ちで言った。


「大丈夫なんですか、無理はしないでくださいね」


「分かってます。……でも、この機会を逃したら、なかなか、良い環境で試せないので」


 コリンは、そう言いながら、集めた薬草を、丁寧に袋にしまっていった。


「――理恵さんに、良いところ、見せたくて」


 その一言に、理恵は、少し驚いた。


「もう、十分、頼りになってますよ」


「それでも、です」コリンは、まっすぐに、理恵を見つめた。「僕、理恵さんに、子供扱いされたくないんです。……ただの憧れの人、っていうだけじゃなくて」


 その言葉の続きを、コリンは、そこで、言いよどんだ。


   ◇ ◇ ◇


「――何でも、ないです。今のは、忘れてください」


 コリンは、慌てたように、話を切り上げた。理恵は、その様子に、何かを感じ取りながらも、あえて、それ以上は踏み込まなかった。


「今日は、楽しかったです。ありがとうございます、コリンさん」


「こちらこそ! ……あの、また、今度も、こういう時間、作ってもらえますか」


「もちろんです」


 その返事に、コリンの耳が、嬉しそうに、ぴんと立った。


   ◇ ◇ ◇


 夕方、宿に戻ると、他の四人が、いつも通り、興味津々な様子で出迎えた。


「どうだった、コリンとの一日?」ルークが、からかうように尋ねる。


「屋台巡りして、薬草園見て……楽しかったです」


「コリン、顔、ずっとにやけてるぞ」イアンが、指摘する。


「に、にやけてません!」


 コリンの慌てぶりに、五人は、それぞれの調子で笑った。


   ◇ ◇ ◇


 その夜、理恵は、寝台の中で、コリンが言いかけた言葉を、静かに思い返していた。


 ――ただの憧れの人、っていうだけじゃなくて。


 その続きに、何が込められていたのか。


 理恵には、なんとなく、その意味が、分かる気がした。だが、それを、はっきりと言葉にすることは、まだ、できなかった。


   ◇ ◇ ◇


 五人との、それぞれの一日。


 その全てが、理恵の中で、確かな重みを持ち始めていた。


 残るは、トビアスとの時間。


 だが、彼だけは、これまで、くじの結果からも外れ、特別な予定を、一つも立てていなかった。


 その理由を、理恵は、まだ、知らない。


 テルマ・リュネでの日々は、いよいよ、その終わりに近づきつつあった。


 そして、その最後の夜に、六人を待っているものが、何なのか――理恵には、まだ、知る由もなかった。


(第40話へ続く)

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