第38話 ルークとの一日、故郷の味
三日目のくじを引き当てたのは、ルークだった。
「よっしゃあ! 俺の番だ!」
彼は、拳を突き上げて喜びながら、真っ先に、理恵の手を引いて宿を飛び出した。
◇ ◇ ◇
案内された先は、町外れにある、開けた河原だった。
澄んだ川の水が、岩の合間を縫うように流れ、さらさらとした涼やかな音を絶えず響かせている。川辺に群生する背の高い草が、風に吹かれるたびに、青々とした匂いを漂わせた。足元の石は、川の水で滑らかに磨かれ、素足で立つと、ひんやりとした感触が、じんわりと伝わってくる。空には、雲一つない、澄み渡った青が広がっていた。
「――ここで、俺の故郷の飯、教えてやるよ」
ルークが、担いできた荷物を、地面に下ろしながら言った。
◇ ◇ ◇
「材料、ちゃんと揃えたぜ」
ルークが取り出したのは、川魚に似た魚と、香草の束、そして、素朴な穀物粉だった。
「これで、何を作るんですか」
「――故郷の、魚料理だ。……傭兵団に入る前、家族と、よく食ってた」
その言葉に、理恵は、少し意外に思った。
「家族と、暮らしてたんですね」
「ああ。……貧しかったけどな。それでも、川で獲れた魚を、こうやって、みんなで焼いて食う時間だけは、好きだった」
ルークは、そう言いながら、慣れた手つきで、魚を捌き始めた。
◇ ◇ ◇
「――発熱石、貸してくれ」
理恵が、以前作った魔道具を渡すと、ルークは、それを組んだ石の間に、器用に設置した。
「これ、簡易のかまど代わりに、ちょうどいいんだよな」
「私が作ったの、ちゃんと活用してくれてたんですね」
「当たり前だろ! あんたの手作りだぞ」
その屈託のない返事に、理恵は、思わず頬が緩んだ。
◇ ◇ ◇
串に刺した魚が、じゅう、と音を立てて焼かれていく。香草を揉み込んだ穀物の生地も、平たい石の上で、香ばしい匂いを立て始めた。
「これ、こっちの香草も、揉み込むと、味が締まるんだよ」
「教えてもらったこと、忘れないように、覚えておきますね」
「おう、しっかり覚えてけよ!」
理恵は、その手順を、一つ一つ、丁寧に確認しながら、進めていった。
◇ ◇ ◇
しばらくして、完成した料理を、二人は、河原に座って食べ始めた。
「――美味しい……!」
素朴だが、確かな滋味のある味わいだった。魚の脂と、香草の爽やかさが、口の中で、優しく広がっていく。
「だろ! これが、俺の故郷の味だ!」
ルークは、誇らしげに笑った。その笑顔には、これまでの快活さとはまた違う、どこか懐かしむような、柔らかい色が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「――理恵さんに、教えられて、良かった」
しばらくの沈黙のあと、ルークが、ぽつりと言った。
「この味、忘れられたくなかったんだ。……傭兵団の連中、あんまり、故郷の話とか、しないからさ」
「どうしてですか」
「みんな、色々あって、故郷を離れてる奴らばっかりだったから」ルークは、少し遠い目をしながら続けた。「だから、こういう、家庭の味の話、なかなか、できる相手がいなくて」
その言葉に、理恵は、静かに頷いた。
「教えてくれて、ありがとうございます」
「こっちこそ、聞いてくれて、ありがとな」
◇ ◇ ◇
「――なあ、理恵さん」
「はい」
「もし、いつか、こんな戦いばっかりの日々が終わって……普通の暮らしってやつが、できるようになったら」
ルークの声が、少しだけ、真剣なものになった。
「その時は、また、この味、一緒に食えるかな」
その問いかけに、理恵は、少し考えてから、微笑んだ。
「そうなったら、嬉しいですね」
「――だよな!」
ルークは、すぐに、いつもの快活な笑顔に戻った。だが、理恵には、その一瞬に見せた真剣な表情が、確かに、印象に残っていた。
◇ ◇ ◇
夕方、河原からの帰り道、ルークは、いつもより、少しだけ、口数が少なかった。
「――ルークさん、今日は、ありがとうございました」
「いや、こっちこそ。……付き合わせて、悪かったな」
「楽しかったです、本当に」
その言葉に、ルークは、少し照れくさそうに、頭を掻いた。
「また、機会あったら、教えてやるよ。……色々」
「楽しみにしてます」
◇ ◇ ◇
宿に戻ると、他の四人が、いつも通り、興味津々な様子で出迎えた。
「どうだった、ルークとの一日?」コリンが、無邪気に尋ねる。
「故郷の料理、教えてもらいました。すごく、美味しかったです」
「へえ、珍しいな、ルークが、そんな繊細なこと」イアンが、からかうように言う。
「うるせえ! 俺だって、繊細なところ、あるんだよ!」
その賑やかなやり取りに、理恵は、思わず声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇
その夜、理恵は、今日教わった料理の手順を、忘れないうちにと、そっと紙に書き記していた。
ルークの、故郷への想い。
そして、「今を生きる」ことを何より大切にしてきた彼が、初めて見せた、未来への、小さな願い。
その変化の意味を、理恵は、まだ、はっきりと言葉にすることはできなかった。
だが、この温泉都市での日々を通して、五人それぞれの中に、確かな何かが、静かに芽生え始めていることだけは、はっきりと感じ取っていた。
テルマ・リュネの夜は、今夜も、穏やかに更けていく。
残るは、コリンとの一日、そして――トビアスとの、まだ形にならない時間。
六人の物語は、いよいよ、その核心へと近づいていた。




