第31話 魔物の巣、六人の連携
ノルド砦から半日ほど北上した先に、その洞窟はあった。
岩肌がむき出しになった山肌に、ぽっかりと黒い口を開けている。近づくにつれ、空気に、これまでとは違う、粘つくような重さが混じり始めた。洞窟の奥から漂ってくるのは、獣の体臭とも、腐敗臭ともつかない、不快な匂いだった。岩壁に触れると、ひんやりとした冷たさの奥に、微かな振動――まるで、地面の底で何かが蠢いているような感覚が伝わってくる。時折、洞窟の奥から、低い唸り声のようなものが、反響しながら聞こえてきた。
「――ここが、魔物の巣か」
トビアスが、入り口を見据えながら、静かに言った。
「隊長の話じゃ、ここ最近、周辺の魔物の数が、明らかに増えてるらしい」ルークが、大剣を担ぎ直しながら言う。「巣そのものを潰さないと、キリがないってな」
◇ ◇ ◇
「今回は、俺と理恵は、後方に残る」
トビアスの指示に、理恵は少し驚いた。
「私だけじゃなく、トビアスさんも、ですか」
「洞窟の奥は、狭所戦だ。……五人がかりで動くには、向いていない」トビアスは、淡々と説明した。「ルーク、イアン、コリン、メルの四人で先行する。俺は、外で、緊急時の増援に備える」
「了解!」ルークが、頼もしく頷いた。
◇ ◇ ◇
四人が洞窟の中へと消えていくのを見送りながら、理恵は、少し落ち着かない気持ちで、その場に立っていた。
「――心配か」
隣に立つトビアスが、静かに尋ねた。
「はい、正直」
「あの四人なら、心配ない」トビアスは、確信を持った声で言った。「連携には、慣れている」
「トビアスさんが、外にいるのは、どうしてですか」
「万が一、想定以上の規模だった場合、俺が最後の切り札になる。……それに」
トビアスは、少し言葉を止めた。
「あんたを、一人にしたくなかった」
その素直な言葉に、理恵は、少しだけ、頬が熱くなるのを感じた。
◇ ◇ ◇
洞窟の内部では、四人が、慎重に奥へと進んでいた。
「――《瘴気溜まり》の反応が、強くなってる」イアンが、水晶の反応を確かめながら言う。
「瘴気溜まり?」ルークが、聞き返す。
「以前、王都の下水道で見た瘴鼠と、同じ原理だ」イアンは、歩きながら説明した。「負の魔力が、長期間、一箇所に滞留すると、周囲の魔物を呼び寄せたり、凶暴化させたりする。……ここは、その規模が、桁違いに大きい」
「つまり、ここに、瘴気の溜まり場があるってことか」
「恐らくな。……その中心を潰さない限り、いくら魔物を狩っても、また湧いてくる」
◇ ◇ ◇
洞窟の最奥に辿り着くと、そこには、黒く淀んだ、異様な空間が広がっていた。
地面から、粘つくような黒い霧が、絶えず立ち上っている。その中心には、脈動するように明滅する、禍々しい紋様が、地面に刻まれていた。
「――あれが、瘴気溜まりの、核か」
イアンが、緊張した面持ちで呟く。
「僕、あの紋様、なんだか、嫌な感じがします」コリンが、耳を伏せながら言った。
「浄化するしかないな」メルが、盾を構えながら言う。「僕の《対人特化型結界》じゃ、力不足だ。……全員で、一気に叩く」
◇ ◇ ◇
その瞬間、周囲の闇から、無数の魔物が、一斉に姿を現した。
「来たか!」
ルークの大剣が、先頭の魔物を薙ぎ払う。イアンの魔術が、次々と敵を焼き払っていく。コリンは、後方から、絶えず回復の光を灯し続けた。
「メル、核の方は!」
「任せて!」
メルは、結界術を応用し、核から溢れ出す瘴気を、一時的に抑え込む障壁を展開した。
「今のうちに、イアン!」
「分かってる――《封魔の楔》!」
イアンが、事前に準備していた特殊な術式を、核へと撃ち込んだ。淡い光の楔が、黒い紋様を、貫くように突き刺さる。
その瞬間、洞窟全体が、大きく震えた。
◇ ◇ ◇
「――終わった、のか?」
ルークが、警戒しながら周囲を見回す。
黒い霧が、少しずつ、薄れていく。地面に刻まれていた禍々しい紋様も、光を失い、静かに消えていった。
「浄化、成功したみたいだな」イアンが、安堵の息を吐いた。
「よし! 帰るぞ!」
四人は、無事に、洞窟を後にした。
◇ ◇ ◇
外で待っていた理恵とトビアスの元に、四人が戻ってくる。
「お帰りなさい! 大丈夫でしたか」
「楽勝だったぜ!」ルークが、いつもの調子で笑う。だが、その顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
「お疲れ様でした」理恵は、用意していた軽食を、四人に差し出した。
「――これ、待っててくれたのか」
「戦いが終わったら、お腹空くだろうなって思って」
その気遣いに、四人は、それぞれ、疲れた顔に、確かな笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「――核を、見たのか」
トビアスが、イアンに尋ねた。
「見た。……瘴気溜まりの核にしては、規模が異常だった」イアンは、深刻な表情で答えた。「自然発生とは、考えにくい規模だ」
「人為的、ということか」
「断定はできない。……だが、可能性としては、ある」
その会話に、理恵は、以前捕虜の魔族が語っていた言葉を、静かに思い出していた。
――魔王様は、こんな無意味な、村への襲撃、命じない。
この戦争の裏で、何かが、静かに、しかし確実に動いている。
その予感は、もはや、単なる違和感では済まされない、確かな現実味を帯び始めていた。
◇ ◇ ◇
その夜、ノルド砦への帰り道、理恵は、六人の顔を、一人ずつ見回した。
ルークの、快活な笑顔の奥にある、疲労。
イアンの、静かな探究心の奥にある、警戒。
コリンの、無邪気さの奥にある、成長への渇望。
メルの、飄々とした態度の奥にある、秘められた何か。
そして、トビアスの、静けさの奥にある、これまで気づかなかった孤独。
この六人と過ごす日々は、これから、もっと大きな真実へと、静かに近づいていくのだろう。
その予感を胸に、理恵は、砦へと続く道を、六人と共に、歩き続けた。




