第29話 焼け跡の村、束の間の休息
街道を外れた先に見えてきたのは、黒く焦げた家々の残骸だった。
かつて村だったであろう場所には、崩れた壁と、燻り続ける柱の残骸が、点々と残されている。空気には、木材の焼ける匂いと、それに混じって、鼻の奥がつんとするような、焦げた土の匂いが漂っていた。踏みしめる地面は、まだ熱を持っているのか、靴底越しにも、微かな温もりが伝わってくる。あちこちから、力なく啜り泣く声や、瓦礫を掘り返す音が、途切れ途切れに聞こえていた。
「――魔物の襲撃、か」
トビアスが、焼け跡を見渡しながら、低く呟いた。
「ノルド砦への道中にある、小さな村です」案内の兵士が、沈痛な面持ちで説明する。「三日前、魔族側の一団に、襲撃を受けました」
その光景に、理恵は、言葉を失っていた。
◇ ◇ ◇
「生存者は、こちらに」
案内された先には、簡素な天幕が並び、負傷した村人たちが、身を寄せ合っていた。
「コリン、頼めるか」
「はい」
コリンは、すぐさま、負傷者の元へ駆け寄った。その動きには、これまでの訓練の日々を感じさせる、確かな手際があった。
「――《ライトヒール》」
淡い光が、次々と、傷ついた人々を包んでいく。だが、その数は、コリン一人の手には、あまりに多かった。
「僕だけじゃ、追いつかない……!」
「落ち着け」トビアスが、静かに言った。「優先順位をつけろ。重傷者から、順に」
「分かってます、けど」
コリンの声には、これまで見たことのない、切実な焦りが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
理恵は、その光景を見ながら、自分にできることを、すぐに見つけた。
「――温かい食事、作ります」
持っていた食材を使い、理恵は、その場で、簡易な炊き出しを始めた。火を熾し、鍋を用意し、村人たちが口にできるものを、手早く準備していく。
「あんた、勇者様の連れかい」
初老の女性が、震える声で尋ねてきた。
「はい。……ごはん、もうすぐできますから」
「ありがとうよ……。こんな時に、温かいもの、食べられるなんて」
理恵は、その言葉に、静かに頷いた。戦えない自分にできることは、限られている。だが、その限られたことを、精一杯やるしかなかった。
◇ ◇ ◇
村の一角で、捕らえられた一人の魔族の姿があった。
「――これは?」理恵が尋ねると、ルークが、険しい表情で答えた。
「襲撃してきた一団の、生き残りだ。……深手を負ってて、逃げきれなかったらしい」
その魔族は、若い男の姿をしていた。黒っぽい肌と、額から伸びる小さな角。腕には、深い傷が刻まれ、意識も朦朧としているようだった。
「捕虜、ってことですよね」
「情報を、聞き出せればな」イアンが、冷静に答えた。「《解呪の尋問術》を使えば、噓を封じた状態で、事情聴取ができる。……だが、それも、この状態じゃ、まともに機能しない」
「治療が、先ってことですね」
「そうなるが」
イアンの言葉には、微かな躊躇が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「――コリン、こいつも、頼めるか」
トビアスの言葉に、コリンは、一瞬、動きを止めた。
「敵、ですよ」
「治癒術師の掟に、敵味方の区別はない。……お前が、そう言っていたはずだ」
その言葉に、コリンは、しばらく葛藤するような表情を見せたあと、静かに頷いた。
「――そうでした」
コリンは、負傷した魔族の元へ膝をつくと、他の村人たちと同じように、丁寧に、光を灯した。
「治癒術師は、王国術師ギルドの規定で、敵味方を問わず、目の前の負傷者を治療することが義務付けられています」コリンは、治療をしながら、静かに理恵に説明した。「……戦場での例外も、ないわけじゃないですけど。少なくとも、こういう状況では」
「立派な、決まりですね」
「立派、というより」コリンは、少し複雑な表情を浮かべた。「そうしないと、僕らも、ただの人殺しと変わらなくなる気がして」
◇ ◇ ◇
治療を終えた魔族の男が、朦朧としながらも、うっすらと目を開けた。
「――なぜ、治療、する」
掠れた声で、そう尋ねてきた。
「敵、だろう」
「治癒術師には、そういう決まりがあるので」コリンが、静かに答えた。
「――理解、できない」
その男の視線が、ふと、理恵の方へと向いた。理恵は、少し迷ったあと、湯気の立つ器を、そっと差し出した。
「よかったら、これも」
「なぜ」
「お腹、空いてるでしょう」
理恵は、ただ、それだけを答えた。
男は、しばらく、理恵を見つめていた。その目には、警戒と、それ以上の、戸惑いのようなものが浮かんでいた。
「――人間は、皆、こうなのか」
「さあ、どうでしょう」理恵は、少し笑いながら答えた。「少なくとも、私は、お腹が空いてる人を放っておくの、性に合わないので」
その答えに、男は、何も言わなかった。だが、震える手で、その器を受け取り、静かに口をつけた。
◇ ◇ ◇
「――なぜ、我々を襲った」
尋問を任されたトビアスが、静かに尋ねた。
「命令、だ」男は、掠れた声で答えた。「上からの、指示。……我々の意思、ではない」
「魔王の、命令か」
「――違う」
男は、そこで、初めて、はっきりとした否定の色を見せた。
「魔王様は、こんな……無意味な、村への襲撃、命じない」
その言葉に、理恵は、以前トビアスたちが語っていた「敵の動きが妙だった」という話を思い出した。
「じゃあ、誰の命令だ」
「――知らない。ただ、上から、そう伝えられただけだ」
男は、そう答えると、力尽きたように、意識を失った。
◇ ◇ ◇
「――どういうことだ、これは」
ルークが、困惑した様子で呟いた。
「魔王の命令じゃない、って言ってたな」イアンが、腕を組みながら考え込む。「だとすれば、この戦争を実際に動かしているのは」
その問いに、誰も、はっきりとした答えを出せなかった。
だが理恵は、その場に流れる空気の中に、これまでとは違う、確かな不穏さを感じ取っていた。
◇ ◇ ◇
その夜、応急処置を終えた村を後にし、六人は、少し離れた場所で野営することになった。
焼け跡から立ち上る、微かな煙の匂いが、まだ、風に混じって届いてくる。
「今日、見たもの」理恵は、静かに口を開いた。「私たちが信じてた『戦争』の形と、何か、違う気がします」
「――俺も、そう思う」
トビアスが、静かに頷いた。
「この違和感の正体を、いつか、突き止めなければならない」
その言葉に、理恵は、静かに頷いた。
王都で始まった小さな違和感が、今、こうして、確かな形を持ち始めている。
六人の旅は、いつしか、魔王討伐という目的だけでは括りきれない、もっと大きな謎へと、静かに近づいていた。




