第28話 再びの野営、五人の生活力
王都を発って三日目、街道はすっかり、人里離れた荒野へと姿を変えていた。
地平線まで続く枯れ草の平原に、夕暮れの光が長い影を落としている。風が吹くたびに、乾いた草の匂いが鼻先を掠め、足元の土は、踏みしめるごとに、かさりとした軽い音を立てた。空気は、王都にいた頃よりも、ずっと冷たく澄んでいる。遠くで、獣か鳥か分からない、低い鳴き声が、風に乗って届いてきた。
「――ここで野営にする」
トビアスの声で、六人は足を止めた。
久しぶりの、屋根のない夜だった。
◇ ◇ ◇
「よし、テントは俺に任せろ!」
ルークが、意気揚々と、荷物からテントの資材を取り出した。だが、その組み立ては、開始早々、暗礁に乗り上げていた。
「あれ、この棒、どこに刺すんだ」
「そこじゃない、逆だ」イアンが、呆れたように口を挟む。
「じゃあ、こっちか?」
「もっと逆だ」
「ええい、面倒くさい! 力業でいく!」
ルークが、強引に骨組みを組み上げようとした瞬間、テントの布が、びりり、と嫌な音を立てて裂けた。
「あーあ」
「ルークさん……」
コリンが、頭を抱えるように呟いた。
◇ ◇ ◇
「――貸してみろ」
見かねたトビアスが、静かに作業を引き継いだ。彼の手つきは、これまでの誰よりも手際が良く、あっという間に、簡易的なテントが組み上がっていく。
「早っ! なんでそんな手慣れてんだよ」
「訓練施設で、散々やらされた」トビアスは、淡々と答えた。「生活能力というより、これは、生存訓練の一環だ」
「その言い方、なんか悲しいですね」理恵は、思わず苦笑した。
◇ ◇ ◇
一方、厨房――と呼ぶには程遠い、簡素な焚き火の周りでは、理恵が、今夜の食事の準備を進めていた。
「イアンさん、その薪の組み方、なんか変わってますね」
「効率を重視した配置だ」イアンは、真剣な表情で、薪を几帳面に並べていた。「火の通り道を計算すれば、燃焼効率が三割は向上する」
「そこまで計算するんですね」
「当然だ。……こういう細部の積み重ねが、野営全体の質を左右する」
だが、その理論派の配置は、実際に火を点けてみると、思うように燃え広がらず、逆に煙ばかりが立ち込める結果となった。
「――計算と、現実は、違うものだな」
「イアンさんでも、そういうことあるんですね」
理恵は、笑いを堪えながら、薪の組み方を、手早く実践的な形に組み直した。
◇ ◇ ◇
「僕、水汲んできます!」
コリンが、元気よく水袋を手に、近くの小川へと向かった。だが、しばらくして戻ってきた彼の姿は、なぜか、びしょ濡れになっていた。
「コリンさん、何があったんですか」
「その……足を滑らせて」
コリンは、恥ずかしそうに、耳を垂れさせた。
「治癒術は完璧なのに、こういうところは、やっぱり子供っぽいというか」
「それ、僕への地味な追い打ちですか」
「違いますよ、褒めてるんです」理恵は、慌てて笑いながら訂正した。「とりあえず、着替えてください。風邪引いたら大変です」
◇ ◇ ◇
「僕は、何を手伝えばいいかな」
メルが、暇そうに近寄ってきた。
「メルさんは、結界、お願いできますか」
「了解。……防御関連は、僕の唯一の得意分野だからね」
メルは、そう言うと、野営地の周囲に、素早く警戒結界を張り巡らせた。淡い光の線が、地面から立ち上るようにして、野営地全体を、緩やかに囲んでいく。
「これで、夜も安心ですね」
「まあ、結界だけは、任せて」
メルは、いつも通りの軽い調子で答えたが、その手つきには、確かな慣れと、揺るぎない自信が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
「――皆さん、本当に、それぞれ得意不得意、はっきりしてますよね」
夕食の準備をしながら、理恵は、思わずそう零した。
「戦うことしか、教わってこなかったからな」ルークが、破れたテントを恨めしそうに見ながら答える。
「戦場では、誰よりも頼りになるのに」理恵は、笑いながら続けた。「生活の細々したことになると、途端に、危なっかしくなるんですね」
「否定できないな」イアンが、煙にむせながら頷いた。
「そこがまた、可愛いところでもあるけどね」メルが、からかうように付け加える。
「可愛いって年でもないだろ、俺ら」ルークが、憮然と言い返す。
その掛け合いに、理恵は、思わず声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇
完成した夕食――具沢山のスープと、焼いたパン――を前に、六人は、久しぶりの野営の食卓を囲んだ。
「うまい……! やっぱり、理恵さんの飯は、最高だな!」
「ごはん、です」
「あ、ごめん、つい」
その、いつの間にか当たり前になっていたやり取りに、理恵は、自分でも気づかないうちに、頬が緩んでいた。
「王都での日々も良かったですけど」理恵は、湯気の立つ器を見つめながら、静かに言った。「こうして、みんなで焚き火囲んで、ご飯食べるのも、やっぱり好きです」
「――俺も、そうだ」
トビアスが、静かに頷いた。
「この形が、俺たちにとっての、本来の姿なのかもしれない」
その言葉に、理恵は、静かに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
夜が更け、それぞれが眠りにつく中、理恵は、しばらく、焚き火の残り火を見つめていた。
王都での穏やかな一ヶ月から、再び、この不便で、危険で、それでいて、どこか温かい旅の日々へ。
その変化の中で、理恵の中にある「この六人と一緒にいたい」という気持ちは、これまで以上に、確かなものになっていた。
だが、その旅の先には、王都から離れるほど、これまでとは違う、新たな危険や、まだ見ぬ真実が、待ち構えていることも、理恵には、まだ知る由もなかった。
夜空に瞬く星々の下、六人の旅は、再び、静かに動き出していた。




