↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/116

第21話 市場の夫婦扱い、ルークと理恵

朝の市場は、今日も変わらぬ活気に満ちていた。


 露店に積み上げられた野菜の山からは、土のついたままの根菜特有の、むわりとした匂いが立ち上っている。威勢のいい呼び込みの声があちこちから飛び交い、荷馬車の車輪が石畳を軋ませる音と混ざり合っていた。頭上に張られた日除けの布が風にはためき、その隙間から差し込む朝日が、地面にまだらな影を落としている。手にした籠の持ち手が、指の間にじんわりと食い込む感触が、いつも通りの買い出しの重みを教えてくれた。


「今日は、保存食用の材料を、多めに仕入れておきたいんです」


 理恵は、隣を歩くルークに説明した。


「保存食? わざわざ王都で作るのか」


「一ヶ月後のこと、考えたら……その後も、皆さんは旅を続けるわけですし。今のうちに、日持ちする作り方、色々試しておきたくて」


 その言葉に、ルークの表情が、一瞬だけ、微かに曇った。だが、それはすぐに、いつもの快活な笑顔に塗り替えられた。


「よし、じゃあ、たくさん買うか! 荷物持ちは任せろ!」


   ◇ ◇ ◇


「そこの旦那、奥さんに良い塩梅の干し肉、どうだい!」


 露店の主人に、唐突にそう声をかけられ、理恵は思わず面食らった。


「え、あの」


「新婚さんかい? 仲睦まじくて、こっちまで嬉しくなるよ」


「い、いえ、そういうわけじゃ」


 慌てて否定しようとする理恵の隣で、ルークが、珍しく妙にぎこちない笑い方をしていた。


「ま、まあ、色々あってな!」


「ルークさん、否定してください!」


「お、俺が否定する必要、あるか?」


「ありますよ!」


 その騒がしいやり取りに、店主は、からからと笑った。


「若いっていいねえ。ほら、これはサービスだ。おまけしとくよ」


「あ、ありがとうございます……」


 結局、否定しきれないまま、理恵は追加の干し肉を受け取ることになった。


   ◇ ◇ ◇


 その後も、市場を回るたびに、似たようなやり取りが繰り返された。


「奥さんの分の香草も、ついでにどうだい」


「二人分の量、ちょうどいい感じに見繕っといたよ」


「新居はもう決まったのかい」


 そのたびに、理恵は懸命に否定を試みたが、市場のおばちゃんたちの勢いに、なかなか押し切られてしまう。


「――なんで、ちゃんと否定してくれないんですか」


 人気の少ない路地に入ったところで、理恵は、ルークに小声で抗議した。


「いや、その……否定するタイミングが、掴めなくて」


 ルークは、珍しく、言葉を濁した。その耳の先が、少しだけ赤くなっているのを、理恵は見逃さなかった。


「ルークさん?」


「な、なんでもない! それより、次の店行くぞ!」


 彼は、そう言って、逃げるように早足で歩き出した。理恵は、その背中を見ながら、小さく首を傾げた。


   ◇ ◇ ◇


 昼過ぎ、二人は買い出しを終え、宿の裏手に設けられた作業場で、保存食作りに取り掛かった。


「これ、どうやって長持ちさせるんだ」ルークが、干し肉の束を眺めながら尋ねる。


「基本は、しっかり乾燥させることですね。でも、それだけだと限界があるので」


 理恵は、術師ギルドで教わったばかりの知識を、思い出しながら説明した。


「《乾燥術》っていう、簡易な魔術があるらしいんです。食材の水分を、急速に抜く効果があるとか」


「魔法で乾燥させるのか」


「はい。イアンさんに教えてもらったんですけど……私には、まだうまく使えなくて」


 理恵は、苦笑しながら、懐から取り出した小さな杖――イアンから借り受けた、練習用の道具――を構えた。


「――《ドライ》」


 唱えると、干し肉の表面から、うっすらと湯気のようなものが立ち上る。だが、その効果は、明らかに不安定だった。


「あちゃ、これ、半分くらいしか乾いてない」


「初めてにしては、上出来じゃないか?」


「本当ですか?」


「俺なんか、魔法は完全に専門外だからな。杖持たせても、多分、何も起きないぞ」


 その言葉に、理恵は思わず笑ってしまった。


   ◇ ◇ ◇


「ルークさんは、料理とか、あんまりしないんですか」


 作業をしながら、理恵はふと尋ねた。


「昔は、それなりにな。傭兵団にいた頃は、当番制だったし」


「じゃあ、できるんですね」


「――できる、っていうか」ルークは、少し気まずそうに視線を逸らした。「あの頃の飯って、正直、生き延びるためだけの味だったからな。……美味い飯、って感覚、実はよく分かってなかった」


「そうだったんですね」


「あんたの飯食うまで、飯って、こんなに人を元気にするもんだって、知らなかった」


 ルークは、そう言いながら、少し照れくさそうに頭を掻いた。


「だから、その……ありがとな。いつも」


 その素直な一言に、理恵は、少し驚いた。いつも快活で、まっすぐなルークだが、こんな風に、しみじみと感謝を口にすることは、あまりなかったからだ。


「どういたしまして」


 理恵は、笑いながら答えた。だが、その胸の奥には、先ほどの市場でのやり取りと、今の言葉が、静かに重なって残っていた。


   ◇ ◇ ◇


 夕方、作業場に、コリンが顔を出した。


「理恵さん、ルークさん、市場で夫婦って言われてたって、本当ですか?」


「な、なんでそれ知ってるんだ!?」


「市場の人たちが、噂してましたよ。……勇者パーティーの戦士様が、とうとう身を固めるのかって」


 その言葉に、ルークが、盛大に噎せた。


「ち、違う! 全然違うから!」


「ルークさん、顔真っ赤ですよ」


「うるさい!」


 その慌てぶりに、理恵とコリンは、顔を見合わせて笑った。


   ◇ ◇ ◇


 その夜、理恵は、今日一日の出来事を、少しだけ反芻していた。


 ルークの、あの照れくさそうな態度。


 市場での騒動。


 そして、彼が見せた、素直な感謝の言葉。


 どれも、これまでの快活なルークの印象とは、また少し違う一面だった。


 理恵はまだ、その一つ一つの意味を、はっきりと言葉にすることができなかった。


 だが、この六人との日々が、これまで以上に、色んな表情を見せ始めていることだけは、確かに感じ取っていた。


 王都での特別な一ヶ月は、まだ、始まったばかりだった。


(第22話へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。