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第10話 訓練場の一日、初めての魔道具作り

王都の外れにある訓練場は、朝から乾いた土埃と、金属のぶつかり合う音に満ちていた。


 広々とした敷地の中央に、踏み固められた地面が広がっている。素足で立てば、じんわりとした熱気が足の裏から伝わってきそうなほど、朝日にさらされ続けていた。周囲には、木剣や的、藁人形を模した訓練具が並び、時折、風に乗って乾いた砂の匂いが鼻をかすめる。あちこちで響く気合いの声や、剣がぶつかる甲高い音が、朝の空気を切り裂いていた。


 理恵は、訓練場の端に置かれたベンチに腰掛け、五人の様子を見守っていた。ノルド砦から戻って数日、久しぶりの休息日を利用して、全員で体を慣らす日になっている。


「せええい!」


 ルークの大剣が、木製の的を一撃で叩き割る。破片が乾いた音を立てて飛び散った。


「おいおい、また的を壊したのか」イアンが呆れたように眼鏡を押し上げる。「今月三個目だぞ」


「壊れるように叩いてるんだから、しょうがないだろ!」


「予算のことも少しは考えろ」


 二人の掛け合いに、理恵は思わず笑ってしまった。


   ◇ ◇ ◇


 少し離れた場所では、トビアスとコリンが、模擬戦の準備をしていた。


「コリン、今日は本気で来い」


「え、僕、回復術師なんですけど……」


「回復術師でも、最低限の体術は必要だ。……前線で、剣を向けられたときに、何もできないのは困る」


 トビアスの言葉には、これまで理恵が聞いたことのない種類の厳しさがあった。


 模擬戦が始まると、その理由がすぐに分かった。トビアスの動きは、これまで見てきた「優しく頼りがいのある勇者」の姿とは、明らかに違っていた。


 コリンの隙を的確に突き、防御の甘さを容赦なく指摘する。手加減はしているようだが、その動きには一切の遊びがない。まるで、相手を確実に仕留めるためだけに研ぎ澄まされた、冷たい効率性のようなものが滲んでいた。


「――そこ、隙だらけだ」


 木剣の切っ先が、コリンの喉元寸前で止まる。コリンは、その速さに目を丸くした。


「ト、トビアスさん、今の速すぎません!?」


「実戦なら、お前は今、死んでいる」


 容赦のない一言に、コリンが肩を落とす。だが、トビアスはすぐに表情を緩め、コリンの肩を軽く叩いた。


「悪いな、キツく言いすぎた。……お前を死なせたくないから、こうしてる」


「分かってますけど……」


 理恵は、その一連のやり取りを、少し離れた場所からじっと見ていた。


 優しさと厳しさが、同じ根から生えている。トビアスという人間の中にある、そのねじれのようなものを、初めて目の当たりにした気がした。


   ◇ ◇ ◇


 休憩の時間になると、理恵は用意しておいた果実水を配って回った。


「お疲れ様です」


「おお、ありがとう!」ルークが一気に飲み干す。「生き返るわ」


 メルは、額の汗を拭いながら、いつもの調子で笑った。


「理恵ちゃんの差し入れがあると、訓練も頑張れるってもんだね」


「口が上手いですね、相変わらず」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 理恵は、その軽いやり取りの中で、ふと気になっていたことを尋ねた。


「メルさんの戦い方って、ルークさんやトビアスさんとは、また違いますよね」


「ん? まあね」メルは剣ではなく、細身の盾のようなものを軽く掲げた。「僕は防御術師だから。攻めるより、守る方が専門」


「防御術師って、具体的に何をするんですか」


「魔力で結界を張って、味方を守るのが基本。あとは、敵の攻撃を逸らしたり、無力化したり」


 メルは、盾の表面に浮かぶ、複雑な紋様を指でなぞった。


「この盾自体にも、簡易的な結界術式が刻まれててね。魔力を通せば、一時的に強力な防御膜を張れる」


「魔道具、なんですね」


「そう。……もっとも、本当に厄介な攻撃を防ぐには、盾の力だけじゃなく、僕自身の魔力もかなり注ぎ込む必要があるけど」


 理恵は、その説明に頷きながら、ふと、イアンが話していた「魔石」や「魔道具」の話を思い出していた。


   ◇ ◇ ◇


「――そうだ」休憩の終わり際、理恵はイアンに声をかけた。「私も、簡単な魔道具くらいなら作れたりしますか」


「あんたが? ……理論上は、可能だろうな」


 イアンは、少し考えるように顎に手を当てた。


「以前話した通り、魔道具の多くは、生体魔力を流すだけで起動する仕組みだ。あんたにも、それくらいの魔力はある。……作る側に回るとなると、話は別だが」


「難しいんですか」


「術式の刻印には、専門的な訓練が必要だ。だが――簡単なものなら、既製の魔石に、簡易な術式を組み込むだけで済むものもある」


 イアンは、荷物の中から、小さな魔石と、細い金属の彫刻刀のようなものを取り出した。


「試しにやってみるか。……発熱の術式なら、比較的単純だ」


「発熱、って、暖を取るための道具ですか」


「そうだ。料理にも使えるだろう」


 理恵の目が、思わず輝いた。


   ◇ ◇ ◇


 イアンの指導のもと、理恵は不慣れな手つきで、魔石の表面に簡単な紋様を刻み込んでいった。


「集中しろ。線が揺れると、術式が安定しない」


「が、頑張ってます……」


 額に汗を浮かべながら、慎重に彫刻刀を動かす。時折、イアンが手を添えて修正してくれた。


 小一時間ほどかけて、ようやく紋様が完成する。


「あとは、魔力を流し込むだけだ。……手のひらを乗せて、意識を集中させろ」


 理恵が言われた通りにすると、魔石がふわりと淡いオレンジ色に光り始めた。ほのかな熱が、手のひらに伝わってくる。


「わ、あったかい……! できた……!」


「ほう」イアンが、意外そうに眉を上げた。「初回にしては、悪くない出来だ」


「本当ですか!?」


「ただの世辞じゃない。……普通、初めて刻む紋様は、もっと不安定に光る。これは、なかなか綺麗な発光だ」


 理恵は、その小さな成功に、思いのほか興奮した。戦えない自分にも、この世界で何かを「作る」ことができる。その事実が、じんわりと胸に染み込んでくる。


「これがあれば、野営中の火起こしも、少し楽になりますね」


「そうだな。……今度から、荷物に組み込んでおくといい」


 珍しく、イアンが素直に褒め言葉を重ねた。理恵は、その小さな魔石を、大事そうに両手で包んだ。


   ◇ ◇ ◇


 訓練場での一日を終え、宿へ戻る道すがら、コリンが理恵の隣に並んだ。


「理恵さん、さっきの魔道具作り、見てました。すごいですね」


「大したものじゃないですよ、まだ」


「でも、僕らにはできないことだと思います」コリンは、少し照れくさそうに続けた。「僕らは、戦うことしか教わってこなかったから。……ああやって、何かを『作る』側の発想って、あんまりないんです」


 理恵は、その言葉に、少し考えさせられた。


 戦うための力を磨き続けてきた五人と、ただの日常の知恵しか持たない自分。だが、その違いが、互いを補い合う形になっているのかもしれない――そんな予感が、胸の中に静かに広がっていった。


   ◇ ◇ ◇


 その夜、宿の窓を、こつん、と何かがつつく音がした。


 理恵が窓を開けると、小さな灰色の梟が一羽、羽を休めるように窓枠に止まっていた。片脚には、丸めた紙片が紐で結びつけられている。宿の主人が「術師ギルドの連絡便です」と教えてくれた。ギルドに登録された魔道具の一種で、決まった相手のもとへ届け物をするよう調教された使い魔なのだという。


 梟は理恵が紙片を外すのをじっと待ち、用が済むと、鳴き声一つ立てずに夜空へと飛び去っていった。


 手紙には、フィオナの丁寧な筆跡でこう記されていた。


「近日中に、研究の進捗について、正式な報告をしたい。詳細は当日お伝えする」


 理恵の心臓が、小さく跳ねた。


「正式な報告、か……」


 残された手紙を、理恵はしばらく見つめていた。


 これまで漠然と続いていた研究が、ついに、何らかの「答え」を出そうとしている。


 その予感に、理恵の胸は、期待と、それにわずかに勝るとも劣らない不安とで、静かにざわめいていた。


   ◇ ◇ ◇


 その夜の食卓で、理恵はさりげなく手紙のことを五人に伝えた。


 ルークは無邪気に「良かったな!」と喜び、コリンも笑顔で頷いた。だが、イアンとメルは、どこか複雑な表情を浮かべ、トビアスに至っては、一言も発しなかった。


 その温度差に、理恵は気づかないふりをしながら、心のどこかで、はっきりと感じ取っていた。


 この六人の間に流れる空気が、もうすぐ、大きく変わろうとしていることを。


 王都の夜は、静かに更けていく。


 そして、その報告の日は、思っていたよりもずっと早く訪れることになる。

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