星華祭
「ちょっと覗いてきたけれど、すごい人だわ。湯巡り処はどこも並びができてた」
「そうか、おかあさんたちも忙しいだろうなあ」
星華祭当日。まもなく、蛍火のチェックインの時間になる。
肩をぐるぐる回しながら、紘人は身体をほぐした。珍しく、緊張しているようだ。連泊の吉崎夫妻を除きたったの三組、迎え入れるだけだと言うのに。
ゆきがいないだけでプレッシャーを感じている。ずっと矢面に立ってくれていた存在がいない。元来、接客は苦手なのだ。
だからと言って18歳の女の子に宿の看板を預けるわけにもいかないから、苦悩する。
「私たちもがんばりましょう」
「……うむ」
あかりは気合い十分と言った様子。大丈夫、いつも通りにやるだけだ。
「ひろくん、顔が硬いよ」
「俺は硬派な男だからね。顔に出ちゃったかあ」
「もっとリラックスなさい。お客様が怯えてしまうわ」
あかりの両手が、紘人の頬を掴んでぐにぐにと弄り倒す。緊張を解こうとしているのかもしれないが、やられた側は実に不快だ。
「ふぁなへぇ」
「ふふっ、とっても不細工」
やり返してやろうか小娘が、と紘人は手を伸ばしかけるが10も年上のおっさんが女子高生の頬に触れたら不同意わいせつで逮捕されかねないのでおとなしくしていることにした。
「お客様の対応は私がやるから、あなたは星について尋ねられたら答えてくれればいい。わざわざこの日に予約してきたならきっと、流星群目当てでしょうし。祭りの出店を楽しんでもらうために夕飯は簡素な内容だし、私たち二人でもなんとかなるわよ」
ついには仕切り始めた。紘人のことをプラネタリウムのナレーション程度にしか考えていないようだ。
「そんなに気負わなくていいよ。あくまで君はお手伝いさんだからね、俺に任せてくれていい」
「ならもっと活きた目をしなさい。いつもはね、あなたの不機嫌面をゆきさんが中和してくれているのよ。今日はゆきさんいないんだから、その日陰のドブみたいなどす黒い眼で客前に出てこないで」
「…………」
どうしても、我慢ができず。
「ひゃなして」
紘人はあかりのホホ肉を両側から摘まみ、斜め上へと引っ張り上げる。力はほとんど込めていないのに、にゅうんと伸びるからやけに中毒性がある。
もしこの場面をささらに見られたら半殺しでは済まないだろうが、メイドはゆきのそば屋を手伝っている。先に仕掛けてきたのも、罵倒してきたのもあかりだ。少しくらい懲らしめてやろうとしたのに、彼女はあまり嫌そうにしていない。
ダメージを与えられず、むなしくなった紘人はあかりを解放する。
「ひろくん、今のセクハラだよ」
「ああやっぱりそうか。現代の基準だとそうだよなあ。次は法廷で会いましょう」
「あなたの態度次第では、赦してあげなくもないわよ」
ハラスメントを受けたというのに、なぜ楽しそうなんだこの子は。
「なら示談の方向で。何が望みだい?」
どうせまたアイスでもねだられるか、風呂に連れて行かれるか、あるいはその両方か。
「あなたのね、昔話が聞きたいな」
「えっ……?」
予想外の角度から飛んできた先制パンチを、紘人は躱せなかった。
真意を探ろうと彼女の目を見つめる。
すると折り悪く、来客を告げるチャイムが館内に響いた。
「さ、お客様がいらっしゃったわ。お仕事、がんばりましょうね」
紘人に爆弾を押しつけたまま、あかりは支度に入る。おかげさまで、というか、よそ事ばかり考えていたせいで紘人は自動運転で仕事をこなした結果、つつがなく全組を迎え入れることが出来た。
◇◇◇
「お客が途切れませんね。行列が新たな客を呼んでいるようです」
店は事前の想定を上回る繁盛を見せていた。『ばぁーや』が商いをする足湯広場は、各所の日帰り湯にアクセスするための心臓である。散策していれば何度も通りがかるエリアなので、そこに途切れない行列があれば自然と、並んでみようかという気にもなる。
「うん、とっても嬉しいけど……このままじゃ明日の分まで使っちゃいそう」
二日分を見越して打ったそばがどんどん目減りしていく。次々と殺到する注文をゆきは必死でこなしていく。普段のオペレーションとは勝手が違いすぎて処理がなかなか追いつかない。
「いいじゃないですか、今日で売り切ってしまえば。どうせ明日は誰も残っちゃいませんって」
一応星華祭は二日間開催なのだが。あくまで目玉は今夜――――というより明日未明に極大を迎える流星群であり、三倉に宿を取れなかった人は車でそのまま帰ってしまうだろう。
だから今宵が一番の盛り上がりを見せる。そこに焦点を合わせろとささらは言うのだ。
「わたし一人じゃぜったい無理だったわよぉ。全部頼っちゃってごめんね」
ゆきの倍くらいのスピードでささらは仕事をこなしていく。肝心のそば打ち、茹での工程こそゆきが行うが、それ以外、会計、盛り付け、配膳、片付けまですべて任せてしまえる。
「ゆきさんのそばが美味しいからここまでお客が集まるんですよ。どうでしょう、ペンションを辞めるならそのままそば屋を開業しては?」
「ふふ、応援してくれてありがとう。もしかしたら、そうなる未来もあるかもね」
「八島紘人次第……といったところですか」
「守りたい気持ちと、目を背けたい気持ち。どっちもわかるから、あの人に委ねようと思ってるの」
覚悟を感じさせる面持ちだった。紘人よりもつらい立ち位置にいるゆきが、彼を尊重し、支えようとしている。
「それに、あなたたちが来てくれてから、ちょっとずつ紘人さんは開かれてきている。少しだけ、未来に光が差したような気がするのよ」
「お嬢様も、ここに来る前とは見違えました。屋敷に居た頃はもっと孤独で、内向きで、自分を悲観していたんです」
共に閉じられた世界の住人だった二人が、偶然出会った。互いに影響し合い、少しずつ変化する。
「偏屈なお嬢様を受け入れてくださり、感謝の念でいっぱいです。ありがとうございます」
「こちらこそ、楽しい毎日をありがとう」
紘人はあかりを明確に変えたとささらは言う。
では逆はどうか。
彼の抱える闇を、光が拭い去ることはあるのだろうか。
「さ、売れるだけ売っちゃいましょうか。後先ばかり考えてちゃ動けなくなっちゃう」
「ええ、やりきりましょう。身体が動くうちは」




