ペルセウスの瞬き
「紘人さん、ちょっと相談があるんだけど」
正午過ぎ、リビングで帳簿とにらめっこしているとゆきが話しかけてきた。
「いいですよ。どうしたんです?」
紘人は応じて、机の上のノートをどける。ゆきは紅茶まで用意してくれていて、ちょっと雑談という風ではなさそうだ。
「あの子たちのことなんだけどね」
「二人がなにか」
「ちゃんとお給料、勘定しておいてもらえるかしら? あんなに真面目に働いてくれているし、タイミングを見て一括で渡してあげたいの」
「もちろん、そのつもりですよ」
宿泊費も食事代ももらっていないとは言え、ほとんどの時間業務を手伝わせている、あかりなどは実に楽しそうに仕事しているが、だからといって無給というわけにもいくまい。ゆきがそういうつもりなのは察していたので、紘人は二人の勤怠も管理していた。
「ありがとう、手間が増えちゃうけど、ごめんね」
そもそも、紘人が昼間から事務仕事が出来ているのも彼女たちのおかげである。特にささらの活躍はめざましく、館内の隅々まで綺麗に掃除されていて、紘人の出る幕がないくらいだ。
だから、手間がかかるどころか暇になりつつある。ゆきにしたって以前よりは格段に楽になっているだろう。
「それでね、ここからは個人的なお願いなんだけど」
思わず紘人は身構える。
ゆきの願いはなるべく叶えてあげなければと胸に刻んでいるからだ。
「あのね、星華祭なんだけど……出店依頼が今年も来てて」
ああ、そういえば実行委員から毎年打診されていた。ゆきの手打ちそばを祭りの会場で振る舞わないかという誘いが。
祭りがあるだけで宿泊施設の予約は即完売する。つまり通常業務が忙しい中で、外に出店などしていられないため二つ返事で断っていたのだ。
主な理由は人員不足。
紘人は思い至る、今年は二人、助っ人を抱えていることに。
「出たいんですか?」
「出て、みたくはあるよ。でもあの子達もいつまでいるのかわからないし、仮に滞在してても星華祭を楽しんで欲しくて……」
そのときまでいてくれ、祭りで忙しいから手伝ってくれとはゆきの口からは言えないだろう。
「俺から聞いてみましょうか? 一応本人たちは夏休みの終わりまでここに居たいそうですが」
とは言いつつ、希望通りに行くほど甘くはないはずだが。あかりの置かれた境遇に嘘がないなら、祖父はいつまでも待ってくれたりしないと紘人は考えている。
「あてにしちゃっても、いいのかしら」
きっとゆきの頼みならあかりは喜んで受け入れる。
「でも、外でやれるんですか? 屋台で出すのはどっちみち厳しいのでは」
夏ならざるそばを出すべきだ。しかし茹でる方は屋外でなんとかなっても、そばを締める冷たい流水は調達できない。
「ばぁーやがね、キッチンを貸してくれるっていうの。だから軒先で販売させてもらえるみたい」
祭りのテキ屋程度の設備を想定していたが、それなら本格的な品物を提供できそうだ。
「やってみたらいいんじゃないですか。おかあさんのそば、みんな楽しみにしてますよ」
でなきゃ毎年断っているのに誘われたりしない。
「……うん。またとない機会だし、やってみたいな。紘人さん、あの子たちに予定、聞いてもらっていいかしら」
最後の夏に、ようやく巡ってきたチャンス。
もし何もかもが上手くいっていたら、この先何度でも機会は訪れただろう。蛍火を閉じる必要も、ゆきが朝から晩まで働くこともなかったのだ。
全部奪ってしまった。
「お願いしてみます。絶対成功させましょう」
少しでもゆきの心残りをなくすことだ。
紘人に出来るのはもうそれしかない。
◇◇◇
「もちろん参加するわ。私、お爺さまが許してくれなかったからお祭りには行ったことないの」
「残念ですがお嬢様、八島紘人は『ゆきさんが出店をやるために蛍火を手伝え』と言っているので遊びには行けませんよ」
「そっか……」
単語だけでぬか喜びさせてしまったかもしれない。
ずっと習い事や勉強で閉じ込められてきたのか、お祭りに憧れを抱いているようだった。
「手が空いてれば遊びに行って構わないし、お母さんのそば屋を手伝ってくれてもいい。ぎちぎちに縛ったりはしないので、協力してくれないか」
紘人は二人に頭を下げる。
あくまでただの客人であり、居候である二人を頼りにしすぎるのも嫌だったからだ。助けてもらう以上、筋は通さなければならない。
「て、手伝うから。少しでも恩返しがしたいの、頭を下げたりしないで」
「頭が高いんですよ。來宮のご令嬢に頼み事なら土下座、もしくは五体投地でもしてみては」
煽り性能の高いメイドである。主人の意向など無視して紘人の耳元で「ど~げ~ざ」と節をつけて囁く。
紘人は屈辱を感じながらも言い返したりしなかった。ささらの力は不可欠であると彼は考えている。
「すまない。お店をやるならおかあさんは仕込みに専念させてあげたいんだ。二人とも、頼む。力を貸してほしい」
「ね、やりましょうささら。がんばってみんなで成功させるのよ」
「手伝うのは構いませんがね。二週間先までここに居られるなんて保証はないのですよ」
ささらは楽観的なお姫様に呆れている様子だ。そう、今にも別の追っ手が嗅ぎつけてこないとも限らない。あかりを見つけたのがたまたまささらだったから、まだ自由な時間を楽しめているに過ぎないのだ。
「あまり期待なさらぬように」
紘人が頷く横で、あかりは祭りの日まで絶対帰らないと豪語している。
「ねえ、お祭りって何をやるの? みんなで山車を引いたり、花火が打ち上がったり、馬で崖を駆け上ったりするのかしら」
期待外れで申し訳ないがそんな大層な物ではない。
三倉の祭りは歴史も浅く、背筋の伸びるような由来があるわけではない。あかりが思い描くような光景とはかけ離れている。
「花火なんか上げたら、主役が霞んでしまうよ」
「主役って?」
毎年の開催日は曜日とは関係なく、ピークとされる日に合わせられる。
人工的に灯さなくたって、星明かりが空を覆い尽くす。
「ペルセウス座流星群さ。天体ショーに合わせて、絶好の観測地であるこの町も祭りを開こうってわけ」
「流星群……」
ぼそりと呟いて天井をぼーっと見上げている。
「どうしたの、今から願い事でも考え中?」
「……み、見たことないからどんなのかなって想像していただけよ」
頬を染めてあかりは反論する。どうやら図星のようだった。
「と、言うわけで三倉はいつも以上の人手だし、おかあさんは外で商売をするし、一番よく見える深夜に星見の丘まで車を出すしで忙しいわけだね。サポート、よろしく頼む」
あかりは薄い胸を手のひらでパンと叩き。
「任せて!」
と気合い十分に発した。




