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公爵邸に着いたあと、シャノンは待ち構えていたココスを筆頭とした使用人の女性陣にすぐさま屋敷内へ連れて行かれた。
どうやらアレックが事前に知らせておいたらしい。
アレックは事件の後始末をするためにと、すぐに引き返して行った。
ココスはシャノンの無事を涙ながらに喜び、「よく頑張られましたね。もう大丈夫ですよ」と優しく抱きしめた。
背中をさするココスの温もりにシャノンは安堵し、自分が思っていた以上に張りつめていたいたのだと感じた。
そして、これでもかというくらい念入りな傷の手当てを受けた後、強制的にお風呂へ連行され、他人に体を洗ってもらうなんて恥ずかしすぎるので1人で入れるというシャノンの訴えは腕のケガによって秒で却下されたので、シャノンはあれよあれよと言うに使用人達によってツヤツヤに磨き上げられた。
湯上がりに用意されていたシルクの下着とシルクのルームウェアに、シャノンはあまりの肌触りの良さに感激しながら袖を通す。
――さすが公爵家。下着までこんな最高級の物を使っているなんて……。
このパンツ一枚で私の普段のパンツが何枚買えるのかしら…。
などと、お風呂上がりに案内された部屋でゆったりとしたソファーに座りながら考えていると、アルジェが「ニャーン」と鳴きながらシャノン足元に擦り寄ってきた。
「アルジェ!」
「ニャーン」
「会いたかった」
「ニャン」
アルジェがゴロリと横に転がったのでシャノンは遠慮なくお腹のもふもふを撫で回す。
「アルジェも心配してくれていたのね。労ってくれているのね」
「ンニャーン」
「痛み入ります」
アルジェを夢中で満喫し、なんなら共に寝転がりながら至福の時を過ごしていたシャノンがふと人の気配を感じて頭を上げるとそこにはクリスがいた。
「――えっ!!お兄様!?」
思わぬ人物が居たことでシャノンは軽く混乱する。
「…なんちゅう格好で……、猫……そうか、シャノンは猫が好きだったな」
「え?ええ…。そうです。私は昔から猫が大好きで
で……―――じゃなくて、どうしてお兄様がここに!?」
「マクリール公爵家の使いの方が知らせに来てくださったんだ。シャノンが襲われたと」
「そ、そうですか……」
きっとアレックが手配したのだろうとシャノンは思った。
さすが仕事が早い。
シャノンが襲われかけたのだから家族であるクリスに知らせるのは当然の事ではあるけれど……軽率な行動をした事を怒られると思っているシャノンは俯きがちにクリスと向き合う。
「あ、あの、お兄様……申し訳―――」
シャノンは起き上がり軽く身なりを整えつつ謝ろうとすると、それより先にクリスがギュッとシャノンを抱きしめた。
予想外のクリスの行動にシャノンは驚き目を丸くする。
「――良かった。無事で、本当に良かった」
絞り出すような声に、クリスが心底安堵したのが感じ取れる。
「お兄様…」
「もう、家族を失うのは耐えられない」
クリスにとって、シャノンにとってもお互いが唯一の家族で、シャノンはクリスが怯えるほど心配していたのが分かった。
「ごめんなさいお兄様。心配かけて…本当にごめんなさい」
「本当にだ。心臓に悪い。毛根にも悪い。剥げる」
「最近抜け毛多いですもんね…」
「誰のせいだと」
「分かっています。毛根にも謝ります」
シャノンは婚約をしてから色々とクリスに心労をかけてきた事を反省する。
「お兄様、色々心配おかけしましたが、でももうきっと……たぶん、今後は大丈夫です」
「それは…」
どういう意味かと聞こうとしたが、シャノンが照れながら恥ずかしそうにしているのを見てクリスは理解した。
「そうか。アレック様とちゃんと話したんだな」
「はい。アレックを信じます」
シャノンのその顔が全てを語っていた。
クリスは過去のトラウマを乗り越えたシャノンが誇らしく、そして羨ましく思う。
まだ過去に囚われている自分の分までシャノンが幸せになってほしいと心から思った。
「シャノン、分かっていると思うが公爵夫人になるのだから――」
「――はい、重々分かっております。今回のような軽率な行動はしないように心掛けます!」
食い気味に反省するシャノンにクリスはまだまだ説教したい気持ちを抑えることが出来ず口を開きかけた瞬間、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「はい。どうぞ」
シャノンがノックの返事をすると、ガチャリと扉が開きココスがワゴンを押しながら入室してきた。
「失礼します。シャノン様、お兄様も温かい紅茶はいかがでしょうか」
ワゴンにはティーセットと生クリームがたっぷりと添えられたパンケーキが乗っており、焼きたてのパンケーキから醸し出されているであろう甘い匂いが漂っている。
「な、なんて美味しそうなの……パンケーキがまるでプリンみたいにフルフルと揺れているわ。ココスさん、ありがとうございます!お兄様、いただきましょう!」
クリスは目を輝かせるシャノンに手を引かれ、半ば強制的に席に座らされる。
目の前に置かれたパンケーキはなるほど、本当に美味しそうだと思った。
「ココスさん……そうか、貴女がシャノンの尊敬するお菓子作りの師匠のココスさんなのですね」
お菓子作りの好きなシャノンが昔から何かと口に出していた人物だとクリスは気付いた。
「いえ!師匠だなんて!」
「そうよ。私の尊敬する師匠」
ココスとシャノンが同時に口を開き、二人は顔を見合わせて笑う。
「お兄様、ココスさんが作るお菓子は本当に絶品なの。食べてみてください」
何故かドヤ顔で勧めてくるシャノンに苦笑しながらクリスは遠慮なく目の前のパンケーキを口に運ぶ。
「―――これは……凄いな。口に入れた瞬間無くなる。軽い口溶けなのに味は濃厚で、バターの風味も鼻に残る。それでいて生クリームはしつこくなく甘さも程良い」
「お兄様!意外な食リポの才能!」
クリスの感想を聞いて我慢できないとばかりにシャノンもパンケーキを口に運ぶ。
「美味しいぃぃ!めちゃくちゃ美味しいです。美味しすぎて涙が出そう」
そう言いながら涙ぐんでいるシャノンを見てクリスは驚く。
「本当に泣くことはないだろう」
「だって、本当に美味しくて…。心からそう思いながら食べられるのは幸せだなって実感してしまったというか、マクリール邸でこうやってお兄様とココスさんの作ったパンケーキを食べることができて、本当に嬉しいです」
「シャノン…」
「シャノン様…」
もし自分の身に何かが起こっていれば悲しむ人達がいて、何気ない幸せも笑い合える事が出来なくなっていただろう。
今回、何事もなく助け出されたのは、ただ運が良かっただけだとシャノンは分かっている。
シャノンは今の幸せを噛みしめるようにパンケーキを味わった。




