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柔らかい感触が唇から離れると碧い瞳も遠ざかる。
何が起きたのか分からず固まるシャノンの唇を確認するようにアレックは親指でなぞった。
「…やっぱり夢じゃない」
「――っ、なっ、なっ……」
アレックにキスをされたと気付いたシャノンは突然の出来事にプルプルと体を震わす。
「何するの!」
「何って」
「こ、こういうのは心の準備ってものが…」
「だって、シャノンが僕に触れてほしいって…」
「――いっ、言ってない!言ってないっ!触れてほしいなんて、ひとっっことも言ってない!」
アレックのとんでもない解釈にシャノンは断固として抗議する。
「……嫌だった?」
そう言ってシャノンの瞳を覗き込むアレックを直視することができずシャノンはできる限り体と目をそらす。
「いっ、嫌とか、そういうことじゃなくて…」
好きだと気付いてから初めて会うアレックは予想以上に破壊力があるなとシャノンはバクバクする胸を押さえながら実感する。
「…ファーストキスなんだから、もう少し心構えがしたかったというか……」
恥ずかしさで顔を赤らめながらシャノンはゴニョゴニョと訴える。
「――かわいすぎて死ぬ」
アレックが何かに耐えるように目を瞑った。
「じゃあ、もう一度していい?」
「えっ? ――んっ!?」
何を?と聞く前にまた、シャノンの唇が柔らかい感触で塞がれた。
「―――っ、だから心構えがっ…――」
再度の不意打ちに抗議すようとするシャノンをアレックが強く抱きしめる。
「ずっと、こうしたかった」
「アレック……」
「―――ごめん、我慢できない」
「え?」
「あいつら…全員殺していい?」
ドキリとしたシャノンは、ああ、そっちかと安堵する。――いや、よくないけれど。
「ごめん、怖い思いをしたのに思い出したくはないだろうけど、教えて?どこに触れられた?何をされた?」
アレックの声には怒りが混じり、シャノンの後頭部に回した手にも力が入る。
「アレック、違う、さっき言ったのはもしもの話で、私は何もされていないの」
「―――本当に?」
アレックが力を緩め、シャノンと向き合う。
「本当」
「さっきの男に触れられてない?」
「指一本も触れられていないわ」
アレックはシャノンの瞳を探るように見つめ、それが揺るぎない真実だと理解した途端、ホッとしたように表情を緩めた。
「君が嫌な目にあっていなくて良かった」
少し泣きそうで、それでいて心底安心したように言うアレックにシャノンは罪悪感がこみ上げてくる。
「……試すような事を言ってごめんなさい」
「謝らなくていい。あんな状況になって不安になるのは当然の事だ」
―――ああ、この人は本当に私のことが好きなんだ。
どこまでも優しく、ありのままの自分を大事にしてくれるアレックにシャノンは今までの不安が嘘のように消えていくのを感じた。
何をそんなに怖がっていたのか、今はもう分からない。
「私が誰かに触れられるのは嫌?」
「――っ、嫌に決まってる。そんな事を考えるだけで怒りで吐きそうになる」
「私が誰かに触れるのも?」
「考えたくなもい。もしそんなことしたら相手を殺して君を一生監禁する」
アレックは想像するのも不快とばかりに顔をしかめる。
「じゃあ、私が誰かとヤッちゃったら―――」
「―――っ、ちょっ、ちょっと待った!シャノンどうした?何でそんな質問?」
シャノンの質問の意図が分からずアレックは困惑する。
「嫌だよ、嫌に決まっているじゃないか。君が他の誰かと指一本、髪の毛でも触れるのは許せない」
怒ったような苦しそうな顔で、そう言うアレックを見てシャノンは唇をキュッと噛み締める。
「私も嫌なんだけど」
シャノンも怒ったような拗ねたような顔でアレックを見つめた。
「え?」
「――私もアレックが私以外の誰かに触れるのは嫌。私が知らないアレックを他の女の子が知ってると思うと悔しい。アレックと何回キスしたんだろうとか、アレックの手がどんなふうに女の子に触れたんだろうとか…それ以上のことも、想像したくないのに……過去のことだって分かっているのに、嫌な気持ちが止まらないんだけど」
自分の感情をぶつけるように一気にまくし立てるシャノンにアレックは啞然とする。
「―――……それは、ごめん」
「私の気持ち分かった?」
「……うん。身に沁みて分かった」
アレックはシャノンに顔を寄せ額をコツンと合わせた。
「逆の立場だったらって思うと…相当キツい」
顔をしかめ、はあっとため息をつくアレックは自己嫌悪に陥っているなとシャノンは思った。
「分かってくれたならいい」
「本当、ごめん」
自分の身に置き換えて、相当応えたのかアレックはかなり反省したようにシュンとしている。
そんなアレックを見てシャノンは心の中のもやもやが少し軽くなった気がした。
「悪いと思っているなら、これからのアレックは全部私にちょうだい?」
「え……」
シャノンの言葉にアレックは顔を上げ目を見開く。
「過去の事なんて気にならないくらい、私だけのアレックがほしい」
「―――っか…」
アレックは目を覆うように手を当て、天を仰ぐ。
「かわいいが過ぎる……」
「え?―――わっ!」
次の瞬間シャノンはアレックに覆われるように馬車の座面に押し倒された。
「なっ、――なっ?」
まさか狭い馬車でこんな体勢になると思っていなかったシャノンは慌てる。
「それは反則」
「なにが!?」
「シャノンは末恐ろしいなぁ」
「だからなにが!?」
のしかかりながら、からかうように笑うアレックを抗議するように睨みつけると、真剣な眼差しと目が合いシャノンはドキリとする。
「あげるよ」
「――へ?」
「僕でよければ全部シャノンにあげる。この手も顔も体も髪の毛一本までも全部シャノンにあげるよ」
そう言いながらアレックの手が優しくシャノンの頬に触れる。
「好きだよ。シャノン。ずっと、ずっと、好きだった」
揺るぎない碧い瞳に射抜かれてシャノンは自分の心臓が異常な速度で脈打っているのが分かった。
そんな顔で好きだなんて、どっちが反則なんだと言ってやりたいのをぐっと我慢する。
「――わ、私も…」
恥ずかしさでアレックの顔を直視できないシャノンは顔をそむけながら、それでもなんとか気持ちを返そうと頑張る。
「私も、なに?」
「だから……」
「ちゃんと言って?」
「へっ?」
「ちゃんと、シャノンの口から聞きたい」
アレックのお願いにシャノンは固まる。
気持ちを伝えたつもりになっていたけれど、そう言えば「好き」だとは言っていない。
「―――すっ、す、す……」
「うん?」
本人目の前に、改めてその二文字を本人に伝えるのがこんなにも恥ずかしいとは思っていなかった。
けれど、何年もずっと思っていてくれたアレックにちゃんと気持ちを伝えると決めたのだからと、シャノンは覚悟を決める。
「すっ――!?」
き、と言う前に唇がチュッと柔らかい感触に触れる。
一瞬固まったシャノンはすぐに何が起こったのか理解した。
「――……ひ、ひとがせっかく…」
恥ずかしさと怒りでプルプルと抗議するもアレックは「だって、口の形がさ、可愛すぎて」と悪びれる様子もなくしれっと言う。
自分はこんなにもいっぱいいっぱいなのに、いとも簡単に次々とキスをしてくるアレックに恋愛経験の違いを感じ、シャノンは腹立たしくなった。
「もう、言わない!」
「うん?」
「余裕たっぷりでムカつく!もうアレックが好きだなんて絶対言わないから!」
シャノンの宣言にアレックはくっと噛みしめるように目を閉じる。
「――言ったも同然……かわいすぎてしんどい」
「なに?」
「何も。大好きだよ、シャノン」
怒っているシャノンとは裏腹にアレックは愛おしそうにシャノンを見つめる
「からかってる」
「からかってないよ。幸せすぎて浮かれてるかも。ごめんね?」
「知らない」
「拗ねたシャノンもかわいい」
「―――っ」
何を言っても余裕の愛の言葉が返ってくるこの状態と体勢にシャノンは堪らなくなる。
「もう、無理。離してっ」
「ははっ、それは無理かな」
両手を思い切り突っぱねてアレックから逃れようとするも筋肉質な体を押しのける事はできない。
「もう二度と離さないから」
やっと手に入れた獲物をどこから食べようかと楽しんでいるような、恐ろしすぎるほど綺麗な笑みにシャノンはゾクッとする。
シャノンはアレックをまた失うのが怖いなんて怯えていた自分が馬鹿らしくなった。
心配しなくてもアレックは二度と自分を離してはくれないだろう。
「……早まったかも…」
シャノンはわりと本気めに呟いた。




