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「公爵邸まで」というアレックの声で馬車が走り出す。
そうか、公爵邸に連れて行かれてみっちりお説教されるのか…。
それならお説教が終わった後はココスさんに会って、アルジェにもふもふさせてもらってダメージを回復しよう、と馬車に揺られながら考えていると、不意に視界が暗くなり、大きな腕がシャノンを包み込んだ。
大きな胸板に顔を圧迫され「うぷっ」と口から空気が漏れる。
「シャノン、危ない目にあわせてごめん」
すぐ頭上でアレックの声がして、シャノンはアレックに抱きしめられていることに気付いた。
「来るのが遅くなってごめん」
アレックの腕がますますきつく絡みつく。
「……怒ってたんじゃ…ないの?」
アレックが怒っていると思っていたシャノンが恐る恐る問いかけるとアレックは少し体を離し、シャノンと向き合う。
「怒ってなどいないよ…シャノンには」
「には?」
「シャノンの身の安全を確保できなかった自分に一番腹が立っている。僕の婚約者になったことでシャノンに危険が及ぶ可能性ががあるのは分かっていたのに……本当にごめん」
悔やむアレックにシャノンはなんだか申し訳なくなる。
「アレックが謝ることじゃ……悪いのは軽率な行動をとった私――」
「それはそう。シャノンはもう少し慎重に行動したほうがいい」
食い気味に言うアレックにシャノンは「ごもっともです」とシュンとなる。
「けれど僕はそんなシャノンが好きで、そのままの君を守ると決めたのに……完全に僕の落ち度だ」
今度はアレックがシュンとなりシャノンは焦る。
「アレックに落ち度なんて…護衛までつけてくれていたのに――」
「――そう、護衛を付けただけでは不十分だった。もう何人か護衛を増やすか……いや、それよりシャノンはすぐうちに引っ越して僕がずっと側にいれば……たが、それでも不測の事態は起こるかもしれない……そうなると、もういっそ閉じ込めてしまった方が…――」
「――っ、ちょっ、ちょい!ちょい待ちっ!」
ブツブツと呟くように言っている内容がヤバめになってきたのでシャノンはゾッとしながらストップをかける。
監禁とか、アレックが本気になれば富と権力を振りかざしてやりかねない。
「こ、これからは気をつけます!知らない人の家には入りません!だから今まで通りで大丈夫」
「たが…」
「アレックが護衛をつけてくれていたおかげで私は助かったの。それだけで十分でしょう?」
勝手に護衛をつけられて見張られていた事を抗議したい気持ちもあったけれど、結果的にそれに助けられた形になったのでシャノンはグッと我慢して訴えかけるようにじっと見つめる。
「シャノン……」
アレックの表情が少し和らぎ、なんとか闇堕ちを防げたかと思った次の瞬間、アレックがシャノンを見て目を見開く。
「シャノン、これは?」
「えっ?」
指摘されて自分の両手首を見ると、ぐるりと赤く痣になっており、所々擦り切れているらしく僅かに出血していた。
「ああ、これは縄で縛られていたのを解こうと私が無理に動いたせいで―――って、顔っ!」
見るとアレックが大量殺人でも仕出かしそうな殺人鬼の顔をしている。
「誰?エリザ?さっきの男?」
誰が縛ったのかと聞いているのだろうけれど、目を覚ましたら縛られていたから分からないし、そもそも知っていても言えばこの世から命が一つ消されることになる気がする。
「いや、誰とかじゃなくて、これは自分で――」
「そうか、全員か」
「そうじゃなくて――」
「他に怪我は?何かされなかったか?誰かに触れられた?」
アレックがシャノンの身なりをぐるりと確認する。
聞く耳持たないアレックに呆れながら、自分は何もされていないと伝えようとした時、シャノンの頭にエリザの言葉が浮かんだ。
「―――……何か、されたと言ったら?」
シャノンの言葉に時が止まったかのようにアレックが固まる。
「誰かに触れられたと言ったら……」
どうする?と言う前にアレックがシャノンを抱きしめる。
「大丈夫。全員殺すから」
声のトーンから絶対大丈夫ではない殺気が感じ取れる。
抱きしめる腕の強さから怒りが伝わってくるけれど、シャノンが知りたかったのはそういうことではない。
シャノンがアレックの胸に置いた手にそっと力を入れるとアレックの腕が緩む。
「誰かに触れられた私は汚い?私が純潔を失ったなら……アレックは興味を無くす?」
シャノンの問いかけにアレックは怒ったように目を見開いた。
「――っ、そんな訳ないだろうっ!そんなことでシャノンは穢れないし気持ちが揺らぐことはない」
食い気味に反論する、アレックの揺るぎない瞳に嘘は微塵も見えない。
やっぱり自分はこの人が好きだと思ったシャノンはアレックの胸元にコツンと額を寄せる。
「…………私、嫌だと思ったの」
「―――え?」
アレックはシャノンの行動に動揺しながらも、シャノンの声で我に返る。
「襲われるかもと思った時、アレック以外の人に触れられるのは嫌だと思った」
シャノンは意を決して告白同然の言葉を口にする。
自分の気持ちを伝えるのがこんなにも勇気のいるものだと思わなかったシャノンは、アレックの胸板に額がめり込まんばかりにうずめる。
「――……それは…どういう……?」
アレックからの問いかけに、その答えだと言わん
ばかりにシャノンはアレックの背中に手を回す。
混乱した人間と羞恥心がピークに達した人間の間に暫く無言の時間が流れる。
「――………本当に?」
ようやくその言葉の意味に思い当たったが、信じられないといった口調のアレックにシャノンはコクコクと頷く。
「…………いや、夢か」
「んん?」
何故そうなる?と頭を上げるとアレックは真面目な顔をして自分で自分の頬をつねっていた。
「あまり痛くないからやっぱりこれは夢だ」
どうやら夢かどうか確かめているらしい。
「いや、現実だからね!?赤くなっているし絶対痛いでしょ?」
そう言ってアレックの頬に触れると、ピクリと体を震わせ目を見開いた。
「……温かい……」
アレックは驚いたように呟くと自分の頬に触れるシャノンの手に自分の手を重ねる。
「夢じゃない」
「そう言っているじゃない。せっかく勇気を振り絞って気持ちを伝えたのに夢にされちゃ―――んむっ!?」
“たまったもんじゃない”と言おうとしたシャノンの口が柔らかく温かいもので塞がれた。
驚いて目を見開くとまつ毛が触れそうな距離に薄い銀髪からのぞく碧い瞳があった。




