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「お嬢さん、本当に公爵子息の婚約者だったんだな。下手なことしないで良かったわ」
そんな軽口を叩くジンをオスカーが睨みつける。
「貴方が信じてくれて良かったです。最悪、沢山の人の人生が終わることになってたかもしれませんから」
サラリと言うけれど、確かにその通りだとジンは思った。
公爵家を敵に回してこの先の人生が続くとは思えない。
自分は、はなから女を襲う仕事なんてする気は無かったけれど、それでも今回の標的がシャノンでなければ、どうなっていたかと考えるとジンはぞっとした。
もっと色気がある令嬢ならロイドがやる気を出していただろうし、ジンはそんなロイドを止めることはしなかっただろう。
そもそもそんな綺麗事の世界では生きてきていないし、そこまで善良な人間でもない。
もっと怯えて泣いてばかりいる令嬢なら、公爵子息の婚約者だなんて戯言だと信じなかっただろう。
シャノンが毅然と冷静に交渉してくれたおかげで説得力があり自分も信じる気になった。
公爵子息のアレック・マクリールは沢山の令嬢と浮名を流すとんでもない色男だと聞いたことがある。
まさかこんなに素朴な令嬢が婚約者だなんて意外だとジンはまじまじとシャノンを見つめる。
「なんですか?」
「――いや、お嬢さんが色気ゼロのおかげで助かったなと思って」
「ふふっ、確かに」
色気ゼロだと言われて屈託なく笑うシャノンにジンも堪えきれず笑い出した。
「お嬢さんは貴族令嬢にしておくのは勿体無いな。気に入ったよ。どう?俺を愛人にしない?婚約者殿は愛人を沢山作りそうな色男なんだろう?お嬢さんも俺なんかお手頃だと思うけど」
冗談とも本気とも分からないジンからのお誘いに呆れながらお断りをしようとシャノンが口を開きかけた時、シャノンの背後から物凄い速さで伸びた手がジンの首を掴んだ。
「愛人が何だって?」
その手の人物は地底から這うような低い声でジンを問い詰めるも喉を潰されかけているジンは呻くことしかできない。
「アレック!」
シャノンは鬼のような形相でジンの首を絞め上げているアレックに驚きつつ、苦しそうなジンに慌てる。
「アレック、手を離して!その人は私を助けてくれた人なんです」
「…………」
その言葉にアレックはピクリとするも、余程さっきの発言が気に食わなかったのか、手を緩めようとはしない。
いよいよヤバくなってきたのかジンが必死でアレックの腕をタップする。
「アレック、ダメよ!手を離してってば!」
シャノンの再度の訴えがようやくアレックにとどいたのか、暫くジンを睨みつけ「チッ」と盛大に舌打ちして手を離した。
ゴホゴホと咳をしながら首元を押さえ座り込むジンに大丈夫かと駆け寄ろうとした時、シャノンのお腹に大きな腕が回り込み、その反動で宙に浮いたと思ったら視界が反転した。
「えっ?わわっ!」
突然の無重力と逆さになった視界に驚き、体勢を正そうとするも体はガッチリと固定されている。
顔を横に向ければ美しい銀髪があり、シャノンは自分がアレックの肩に担がれているのだと分かった。
「オスカー、あとは任せた」
言葉短めにそれだけ言うとアレックは身を翻えし、シャノンを担いだまま扉へ向かう。
「えっ?えっ?」
シャノンは慌てながら助けを求めるようにオスカーとジンを見るとオスカーは胸を手に軽く頭を下げ、ジンは座り込んだまま呆然としている。
この二人ではアレックを止めることは出来ないと瞬時に悟ったシャノンはこの屈辱的な体勢から逃れようと力いっぱいもがく。
「ちょっ、降ろしてっ!米俵じゃないんだからっ」
懸命に訴えかけるもアレックは言葉も発せず黙々とシャノンを運ぶ。
シャノンからはアレックの表情を伺い知ることができず、アレックの後頭部から漂うピリついた空気に、これは相当怒っているのかもしれないとシャノンは焦った。
結果的に大事には至らなかったけれど、危機感のない軽々しい行動で迷惑をかけてしまったのは明らかで、もしかしたら盛大に呆れているのかもしれない。
アレックの事が好きだと気付いたばっかりなのに……なんてタイミングが悪いのだろう。
あまりにも軽々しくがっちりと担がれ、もがいても無駄だと悟ったシャノンは諦めて大人しく身を任せることにした。
外に出ると、ちょうどここへ着いたのか足早に向かってきたトルネオとかち合った。
「アレック様!――っ、シャノン様!ご無事で!」
トルネオにまで心配をかけてしまい申し訳ないと謝ろうとしたシャノンを遮るようにアレックが口を開く。
「馬車で先に帰る。僕が乗ってきた早馬は任せた」
アレックのただならぬ雰囲気を察知したのか、トルネオは「分かりました」とだけ返事する。
シャノンは藁にもすがる思いでトルネオに目で訴えかけるも、トルネオは諦めろとばかりに首をふっている。
アレックはトルネオが乗ってきたであろう馬車に勢いよく乗り込むとシャノンを肩から降ろして自分の隣に座らせた。
やっと降ろしてもらえたものの、足が触れ合う至近距離で逃げ場のない密室にシャノンはどうしたらいいのか分からず俯く。
――これは、めちゃくちゃ怒られるやつ…?。
好きだと認識して初めて会うけれど、もはやシャノンはそれどころではなく、ピリついた空気を出すアレックに怒られる覚悟をするしかなかった。




