41
やや無言の時間を経て、シャノンの言葉が理解出来ないのかジンは首を捻って不思議そうな顔をする。
「……だから」
「うん」
「私は婚約していて――」
「うんうん」
そこまでは分かったと言わんばかりにジンが頷く。
「――その相手はアレック・マクリール公爵子息です」
「いやいや、そこ!」
ジンが強めにツッコミを入れ、嘘は良くないとシャノンを諌める。
そりゃあ、こんな地味な男爵令嬢が公爵子息の婚約者だとは信じられないだろうけれど、真実なのだから仕方ない。
「嘘ではないんです」
「いやだって、お嬢さん…」
「聞いたことをありませんか?マクリール公爵子息が冴えない相手と婚約したって」
結構な大ニュースだったらしいから、もしかしたら平民の彼でも知っているのではと問いかける。
「まあ、ちらっと聞いたことはあるけど……それがまさか――」
「ええ、まさかの私なんです」
ここは勢いだとばかりにシャノンは自信満々に言い切る。
「エリザ様が私に怒っているのもその件なんです。婚約者絡みでちょっと一悶着ありまして……」
「確かに男絡みだとは思ったけど――」
ジンは疑いながらも事の重大性から無視はできないと思ったのか、考えをまとめようとクシャッと髪を掻く。
「その男がアレック・マクリール公爵子息……」
「そうです」
「それで、お嬢さんを傷物にしようと俺達を雇ったって?」
「そういうことになりますね」
「マジで?」
「マジなんです。こればっかりは信じてもらうしか……」
シャノンの言葉にジンは唇に手を当て黙り込む。
「…………いやまあ、何か違和感はあったんだ。あのエリザっていうお嬢さんは侯爵令嬢なのに、格下の男爵令嬢を虐げるのにわざわざ俺達みたいなチンピラを雇うなんて……」
なにやらジンはぶつぶつと呟き始めた。
「……自分じゃ堂々と虐める事が出来ない。つまり男爵令嬢のお嬢さんには侯爵令嬢も敵わないバックがついているってことなら納得がいく」
シャノンの言葉をこの場を逃れる為の虚言だと決めつけることなく、真実である可能性を受け入れ、そのリスクを考えるこのジンという男はとても賢い人だなとシャノンは思った。
ジンは、ある結論に達したのか突然「うえぇー?」と奇声をあげながら頭を抱えた。
「いやいやいやいやいや!ちょっと待って。それなら俺らめっちゃヤバくない?」
「たぶん……」
ジンは公爵家を敵に回す恐ろしさを理解しているようで、詰んだとばかりに目を閉じ天を仰ぎつつ、なにやらオワタと呟いていたる。
その様子を見て、この人なら正しい判断をしてくれるとシャノンは思った。
「あの…なので、さっきはああ言いましたがやっぱりここは何も無かったていで解散ということにしませんか?」
シャノンの提案にジンは驚いたように目を見張った。
「いいのか?俺らを捕まえなくて」
「まだ何もされていませんし、むしろお兄さんのおかげで助かっているところありますし…。私も貴族令嬢として変な噂を立てられたくないので他言はしません」
ここにいるのがジンでなければ自分は悲惨な目に遭っていただろう。
ジンは何も知らされず連れてこられて、そういうことをする気がなかったのは明らかだし、シャノンの提案にも乗り、今後の心配もしてくれた。
内容を理解して依頼を受けたロイドという男はさておき、ジンは捕まるほど悪いことはしていないので私刑にされるのは忍びない。
何よりこの事がばれるとクリスかアレック、最悪どちらからもこっぴどく怒られそうなのでシャノンとしても何事も無かった事にできるのなら有難い。
「お嬢さん、感謝する!俺はまだ死にたくない。そうしよう。ロイドは俺が説得する」
「ええ、そうしてください」
まださほど時間が経っていない今なら、誰にも気付かれていないだろうからきっと大丈夫だとシャノンは思った。
「じゃあ、おさらいをしましょう!私は登校時に女性を介抱してこの家に送り届けただけ。此処での出来事はそれだけで、私は他に何もされていないし、他に誰にも会っていない。貴方と私は無関係」
「承知!俺は此処にはいなかった。俺とお嬢さんは会ったこともない無関係!」
二人で口裏合わせを確認しながらうんうんと頷き合う。
そして善は急げとばかりにジンがロイドを説得しに行こうとした時、シャノンの手が縛られていることを思い出したのか、慌てて駆け寄ってきた。
「すまない。いま解く」
「お願いします」
シャノンはホッとしながら、良かった、これで危機は脱したし問題は解決したと考えていると、突然扉の向こうで言い争う声と大きな打撃音がし、シャノンの体が反射的にビクリと激しく動く。
それはシャノンの手が自由になったのとほぼ同時でジンは瞬時にシャノンを自分の背後へ隠し、音がした扉に向かって臨戦態勢で構えた。
争いが終わったのか、一瞬の静寂ののちにガチャリと扉が開いた。




