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――――どうしてこんなことになっているのだっけ?
シャノンは後ろ手に縛られて、床に転がった状態で自分が置かれている状況を把握しようと努めた。
――確か、今朝は昨日の勢いのままにアレックに告白するぞと意気込んで家を出た…のよね。
そしてどのタイミングで言うか考えながら登校していたら途中でうずくまっている女性を見かけて、大丈夫かと声をかけたら、ただの貧血なので大丈夫だけれど家まで連れて行ってほしいと頼まれたので肩を貸しつつ彼女を家まで送り届けたら、お礼にお茶でもと言われて……。
シャノンは少しぼうっとする頭で今朝からの記憶を辿る。
……それで、今から学校へ行かなければならないし、そんな気遣いは無用だと丁重にお断りしたのだけれど、有名パティスリーのガトーショコラがあるから一口だけでもって言われて―――……。
お言葉に甘えてご馳走になった、のよね確か……。
それから―――……………。
彼女が入れてくれたお茶を飲んだ所で記憶が途切れ、今に至ると分かったシャノンは眉間にしわを寄せ深く目を閉じる。
―――………やってしまった。
アレックとの婚約を快く思わない人たちがいることは確かで、身の安全性から毎日登下校の送り迎えをするというアレックの申し出を断る代わりに、くれぐれも気をつけるように口を酸っぱくして言われていたのに……。
これは絶対に怒られるやつだとシャノンは眉間にしわを寄せ苦い顔をする。
――いやだって、パティスリーアンリのガトーショコラがあるって言われたらもう……仕方ない。
なかなか手に入らないんだから。一度食べてみたかったんだから仕方ない。うん。
シャノンは自分に言い訳をしながら、気を取り直し何とか体勢を起こして状況を把握しようと周りを見渡す。
近くのテーブルにはシャノンに出されたティーカップとガトーショコラがそのまま置いてあり、どうやらお茶を飲んですぐに意識を失いそのまま床に転がされて後ろ手に縛られたようだとシャノンは思った。
お茶に何が入っていたのか、どれくらい意識を失っていたのか分からない。
周りには誰もおらず、部屋は生活感があり一般庶民の家のようだと思った。
さっきの女性の家なのだろうかと部屋を見渡す。
シャノンが助けたのは六十代くらいの初老の平民女性で、学校外ということもあり完全に警戒が薄れていたことを悔やむ。
彼女がアレックの婚約に不満があって自分を嵌めたとは考えにくいなとシャノンは思った。
もしかしたら誰かに雇われた?それともこれはアレック絡みではなくシンプルに犯罪に巻き込まれただけ?
なら、そのほうがアレックに怒られないかも?いやでもお兄様に怒られる?どっちがマシなのだろう、あ、ガトーショコラ一口も食べていない、などとぐるぐる考えていると、この家のどこかの扉が開き誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
先ほどの女性なのか、それとも別の誰かなのか、得体の知れない人物が近づいてくる緊張感にシャノンはできる限り身を部屋の隅に寄せて身構える。
ガチャリと扉が開き入ってきた人物にシャノンは目を見張った。
見覚えのある美しい金髪の見事な縦ロールが揺れている。
「エリザ様……」
あの事件の後、エリザの父親である学校長は解任され、その身柄は騎士団によって拘束されているらしい。
エリザは騎士団から取り調べを受け、処分保留のまま自分の屋敷に軟禁されているとアレックから聞いていた。
なので、どうしてエリザがここにいるのかとシャノンは混乱する。
「気安く呼ばないでちょうだい」
カツカツとシャノンの近くまで歩みを進めたエリザは縦ロールを肩から払い、シャノンを忌々しげに睨みつける。
後ろ手に縛られ、乱れた髪も直せないシャノンを見てエリザはニヤリと口元を緩めた。
「アレック様の婚約者ともあろうお方がなんて無様な格好なのかしら。でも、貴女にはよくお似合いだわ」
嬉しそうに笑うエリザに、シャノンは念の為にと口を開く。
「もしかして、助けに来て下さったとか――」
「はあ?そんな訳ないでしょ?この状況でよくもまあそんなおめでたい事を考えられるわね。貴女を捕らえたのは私よ」
「あー……」
やっぱりそうですか、とガッカリした様子のシャノンを見たエリザは追い討ちをかけようと意気揚々として喋りだす。
「ふふっ。貴女が助けた女は私が雇った人間だし、貴女を嵌めるよう指示したのは私。薬を用意したのも私。つまり私が全部仕組んだのよ」
エリザは自分の罪を自慢気にぶっちゃけている。
「貴族のくせにお菓子を自分で作るしか食べることが出来ないみたいだから、有名パティスリーのスウィーツを餌にすれば簡単に引っ掛かると思ったの。まさかこんなにすんなりいくなんて、本当単純馬鹿で笑ってしまうわ」
―――それは否めない。
痛いところを突かれ、シャノンは無念そうに目を閉じ、今度からは知らない人にお菓子はご馳走にならない!と固く心に誓った。
クスクスと笑うエリザにシャノンは気を取り直して口を開く。
「あの、エリザ様は今軟禁中ではなかったですか?」
その、言葉にエリザは表情を一変させシャノンを睨みつける。
「そうよ!貴女のせいで私はまるで罪人かのように毎日見張られて自由に出掛けることもできないのよ!ランチもショッピングもデートも自由にできないの!お父様も連れて行かれて帰ってこないし、すべて貴女のせいでっ…」
ギリギリと歯ぎしりをしながら怒りをあらわにするエリザは、彼女は自分と父親がしでかした罪の重さを全く理解していないらしい。
「ならなぜ、今ここに?」
自由に出掛けることもできないなら、ここにいられる意味が分からない。
「騎士団から派遣された見張りがつくのは九時からだからよ。九時から十九時まではがっちり見張られて一歩も外に出られないわ。それ以外の時間は民間の雇われ兵士が見張っているけれど、あんなのはお金を積めば何とでもなるもの」
「なるほど」
軟禁だから一日中ガッツリ見張るっていう感じではないらしい。
「ではエリザ様は九時までには屋敷に帰らないと行けないんですね」
「そうよ!腹立たしい!」
ということは…家を出たのが六時半頃で、なんやかんやあったけれどまだ九時にはなっていない。
エリザの屋敷は確か学校に近かったはずなので、ここから二十分はかかるであろうから、余裕をみて八時三十分頃にはエリザはここを離れるつもりだろう。
ふむふむと考えながら、今はおそらく七時半から八時半の間くらいかなとシャノンは思った。
そうなると自分が意識を失っていたのは数十分程度ということになる。
シャノンはまださほど時間が経っていないことにホッとする。
「エリザ様、そこまでして私に会いたかったのはとても光栄ですが、駄目です。軟禁中にこういうことをしてはより一層立場が危うくなりますよ」
「うるさいわね!貴女のせいで私の立場なんてもうボロボロなのよ!貴女が私の全てを奪ったのだから」
「落ち着いて下さい。処分保留中の身でありながら罪を犯してはもっと大変なことになるんです」
「生意気にも私に意見しないでちょうだい!貴女を痛めつけるくらいたいした罪にはならないわ」
エリザはシャノンの忠告には耳を貸そうとはしない。
「エリザ様の怒りは理解できますが、私は次期公爵家当主の婚約者です。ただでさえ私に害をなす行為は重罪になるのに、処分保留中の身であるなら洒落にならないことになりますよ!?」
エリザが自分を憎む気持ちはよく分かる。
ずっと好きで結婚できると思っていた相手がぽっと出のたいして美人でもない下級貴族令嬢に奪われたのだから。
だから以前の揉め事もアレックを巡る女同士のただの喧嘩だということで治めたかったのだけれど、執務室の鍵が絡んだことで大問題になってしまった。
それでもシャノンがなんとかアレックを説得したのでエリザは今のところ軟禁という比較的軽い処分で済んだいるのだ。
エリザがシャノンに害をなす気満々だと分かった以上、何としても阻止しなくてはならない。
痛いのは嫌なのは勿論だけれど、今度ばかりはエリザを庇いきれなくなるからだ。
「今、このまま解放してもらえれば急げば学校に間に合いますし、何事もなかったことにできます。私は通学途中に女性を助け、お礼にお茶をご馳走になった。そしてエリザ様はここには居なかった、だけで終わりませんか?」
今ならまだ誰にも…多分アレックにも気づかれていないはず。
シャノンはどうにか分かってほしいと訴えかけるとエリーゼは俯きがちに身を震わせ始めた。
「――っ、ふふっ、あはははっ」
堪えきれないとばかりにエリザは声を出して笑いだした。




