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「シャノン、焦らなくていい」
「……お兄様」
クリスの言葉にシャノンは顔を上げる。
「アレック様なら何年でもお前を待つさ。それにああいう変態は少し焦らすくらいが丁度いい」
「変態……」
「お前を手に入れる為に虎視眈々と八年間も準備をしてきた男なんて変態以外何者でもないだろう」
「…………確かに」
その通りだと、フッと笑うシャノンを見てクリスはホッとする。
「シャノン、お前が怖がる気持ちはとてもよく分かる。私も自分が父親のようになるのではないかと怖くなる」
「そんなこと――」
あり得ない、という言葉を言いかけてシャノンは言葉を詰まらせた。
クリスは整った顔立ちをしており、女性に人気がありそうなのに今まで浮いた話を聞いたことがない。
勤勉で礼儀正しいクリスが父親のような人間になるなんて考えられないけれど、彼もまた自分と同じように両親の影響をうけているのだとシャノンは思った。
「もちろん、私は父親のようなクズになり下がる気はない。妻となる人だけを生涯愛し続けるつもりでいる」
「お兄様なら大丈夫です。ねちっこいし、細かいし、けっこう執着心強そうだし、浮気だなんて無駄にお金と労力を使うような非効率なことをする訳ありません」
シャノンは精一杯クリスを褒めたつもりだけれど、クリスは微妙な顔をしている。
「兄の評価…」
「ん?」
「いや」
クリスは気お取りなおすように、一つ咳払いをする。
「まあ、そうだな。私は大丈夫だ」
「はい」
「シャノンもな」
「え?」
「お前は理不尽や裏切りを我慢する気弱な性格ではないし、浮気を絶対に許さないだろう。自分を傷つけた男にはそれ相応の代償を払わせて、スッパリと切り捨てるに違いない」
きっぱりと言い切るクリスにシャノンは自分の性格を思い浮かべて、ハッとする。
「――!確かに」
浮気であれ何であれ、裏切られて傷つけられたら自分は大人しく黙っているような人間ではないと思う。
なのに何故か、母親のように裏切りをじっと耐え続けなくてはならないと思っていた。
結婚して妻になったら、母になったら、その場所から逃げ出してはいけないと無意識に思い込んでいたことに気付く。
「私はお母様のように耐え忍ぶことは無理です」
「だろうな。シャノンだからな」
ははっと当たり前のように言うクリスにシャノンは自分の心が軽くなるのを感じた。
――そうだ、私は母親とは別の人間だ。
母を見習って生きる必要はない。
シャノンは当たり前のことに今更気付いた自分に呆れたように笑う。
「私も大丈夫っぽいです」
「ああ」
クリスは分かっていたというように頷く。
「私たちには最高の反面教師がいるからな。絶対に大丈夫だ」
本当にその通りだとシャノンは思った。
私たちは彼らのようになる方法も、ならない方法も学んできた。
その学びをどう生かすのかは自分次第なのだ。
「お兄様、私、婚約解消はしません」
「そうか、シャノンがそう決めたのならそれでいい。けれど、一度ちゃんとアレック様と話をしたほうがいい。シャノンの今の気持ちを素直に伝えるべきだ」
「私の今の気持ち……」
「好きだと気付いたんだろう?」
「――そっ、れは……そう、ですけど……」
気付いたばかりの気持ちを相手に伝えるなんてまだ考えてもいなかったシャノンは尻込みする。
「アレック様はずっとシャノンのことが好きでやっと婚約できたのに、その婚約者は自分を毛嫌いしていて婚約解消を企んでいる、っていう今の彼の状況どう思う?」
「うっ」
そんなに簡潔にまとめられると、自分はとてもアレックに残酷な仕打ちをしてきたのだと気付く。
「昔から見てきた私としては、少しでも早くアレック様の気持ちが報われてほしいと思う」
「……はい」
クリスの言うことももっともで、シャノンは自分の気持ちしか考えていなかったことを反省する。
「シャノンがアレック様を受け入れたいと思うなら、不安を解消する必要がある。それには二人で話し合うべきだと思うが、まずはシャノンが気持ちをさらけ出さないとアレック様には伝わらないよ」
「……はい」
アレックを受け入れるのが怖いのはアレックを失うのが怖いから。
失うのが怖いのはアレックのことが好きだから。
まずはそれを伝えないと、説得力がない。
けれどいざ、アレックに告白することを思うとシャノンは様々な不安が頭を駆け巡った。。
―――あんなにアレックを拒否してきたのに、突然好きだとか、どの口がいうのかと呆れられないだろうか。
好きだと言った途端、興味を無くさないだろうか。
そもそも好きだと信じてくれるだろうか。
というか、恋愛初心者の自分が神レベルの達人に告白なんてしてもいいものだろうか。
思わぬ緊急ミッションにシャノンはゴクリと喉を鳴らす。
考え込むシャノンを見たクリスはヤレヤレと呆れたようにため息をつくと、勢いよくシャノンのおでこを手で弾いた。
「―――っいっ!」
「なんちゅう顔をしとるんだ。眉間にシワが寄りすぎだ」
「ちから加減!」
まあまあの勢いでデコピンをくらったシャノンは額をさすりながらクリスを睨む。
「余計なことは考えるな。考えても無駄だし、素直に行動するのがシャノンの良いところだ。思ったように動けばいい」
クリスのアドバイスに耳を傾けながら、それもそうかとシャノンは思った。
考えても分からないし、考えれば考えるほど不安要素がプラスされ続けていく気がする。
「そうします。時間が空くと日和るかもしれないので早速明日実行します」
「えっ、はやっ…」
シャノンを後押ししたものの、そんな早急に動くと思っていなかったクリスは逆に驚く。
「勢いって大切ですからね」
「その切り替えの速さには感心するよ」
「愛の鞭のおかげです」
そう言ってシャノンは少し赤くなったおでこをさする。
「またいつでも」
「二度といりません」
シャノンはクリスの申し出を食い気味に断った。




