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執務室から出てきたクラリッサは目もとを手で押さえ泣いているようだった。
シャノンの方を見ることなく足早に立ち去るクラリッサを追いかけるべきか躊躇っていると背後から「今は追いかけるべきじゃないと思うよ」と声がした。
しまったと青ざめながらシャノンが固まっていると声の主は「一人になりたいと思う」と続けた。
恐る恐るシャノンが後ろを振り向くとアレックが壁に寄りかかり腕を組んで立っていた。
「ちょっと話そうか」
いつものようにニコリとしながらも得も言われぬ圧を放つアレックにシャノンは観念してコクリと頷くしかなかった。
――――――――――――
「パウンドケーキありがとう。せっかく取り分けたけれど手付かずなんだ。一緒に食べようか?紅茶も入れ直すし」
アレックが言うようにシャノンが座っている前のテーブルにはシャノンの作ったパウンドケーキが綺麗な形を保ったままお皿に乗っている。
アレックもクラリッサも手を付けないまま放置されているパウンドケーキを見ると可哀想になったけれど、さすがのシャノンも今は食べる気にはなれない。
「いいえ⋯⋯今は遠慮します」
「そう?お菓子に目の無いシャノンにしては珍しいね」
「⋯⋯⋯⋯」
隣りに座るアレックからはピリっとした空気が漂っている。
さっきアレックは自分が居ることに驚きもしていなかったのできっと最初から全て分かっていたのだろうし、怒るのも無理はないとシャノンは思った。
「君がクラリッサと仲が良いなんて知らなかったよ」
アレックがシャノンのパウンドケーキを口に運びながら話す。
「いやー⋯⋯仲が良いというかなんというか⋯⋯」
「婚約者への大切な差し入れを託すくらいなのだから、それなりの仲じゃないとおかしいよね?」
まさしくその通りで、婚約者のしかも公爵子息であるアレックが口に入れる食べ物を託すとなればそれなりの信用と信頼が必要となってくる。
「まあ、なんとなくは事の成り行きは分かるよ。接触してきたのはクラリッサの方で、君はクラリッサの言われるがままに行動したんだろうってね」
「⋯⋯」
「僕がクラリッサに手を出せば婚約を解消できるし、君にとって悪い話じゃないからね」
「⋯⋯」
あまりの図星に返す言葉もないシャノンは叱られた仔犬のように俯くしかなかった。
その様子を見たアレックはふうっとため息をついた。
「そんな作戦がうまくいくと本気で思った?それほど僕は節操がないと思われているの?」
アレックが呆れたように問い詰める。
「だって⋯⋯」
反論しようとするもシャノンはうまく言葉を続けることができない。
「クラリッサの意図は分からないし君は利用されただけかもしれないしけれど、僕はクラリッサを傷つけてしまった。それはシャノンも同罪なんだよ。僕たちの問題にクラリッサを巻き込むべきではなかった」
その言葉にシャノンは先ほどのクラリッサの悲しそうな顔が思い浮かんだ。
クラリッサがアレックのことを好きだったのなら、彼女は二度もアレックに失恋してしまったことになる。
アレックの言う通り、クラリッサからの申し出だったとはいえ軽々しく甘えてしまった結果、彼女を傷つけてしまったことをシャノンはひどく後悔していた。
「⋯⋯ごめんなさい」
シャノンが消え入りそうな声で謝罪する。
しおらしく俯くシャノンの頬にアレックがそっと触れる。
少しビクリとしながらもシャノンが恐る恐る顔を上げるとこちらを覗き込むように見つめるアレックと目が合った。
「僕は君が好きで、浮気なんて絶対しないって何度も伝えてきたつもりだけれど信用できない?どうしたら信じてくれる?」
アレックの訴えかけるような瞳に責められているような気持ちになったシャノンはいたたまれず目を逸らす。
「そんなの⋯無理」
「何故?」
「無理なものは無理」
「どうしても?」
「どうしても」
「⋯⋯⋯」
シャノンの投げやりな返事にアレックは押し黙る。
そんなアレックを横目で見ていたシャノンは罪悪感と腹立たしさに襲われ感情的に口をひらいた。
「――っ、だって、信じるなんて無理に決まっているじゃない。突然無視してきて、ずっと私のこと見ないで、散々色々な女の子と遊びまくっていたのに今更やっぱり好きでしたなんて、どうしたら信じられるのかこっちが教えてもらいたいくらいだわ!
私が遊び人の父親のことで悩んで悲しんで嫌っていたのをアレックは知っていたでしょう!?いっぱい相談したよね?なのに⋯なのになんであいつみたいになっちゃったのよ!
私は女好きの遊び人は無理なの!一途で絶対に浮気なんてしない人と安心して人生を共に過ごしたいの!たとえアレックのことが好きでも無理。結婚なんて絶対にできない!」
一気にまくしたてたシャノンはハァハァと息をつく。
一瞬の静寂ののちアレックが口をひらいた。
「⋯⋯僕のことが好き⋯⋯」
「――ちっ、違う!そこじゃない!人の話聞いてた?」
シャノンはアレックのポジティブすぎる切り取りに突っ込みをいれる。
「聞いてたよ。つまりシャノンは僕のことが好きだけれど僕の過去が気に食わないってことだよね」
「そう。⋯え?いや?違う!好きだなんて言ってない!」
シャノンは慌てて否定するもアレックは聞く耳持たずで続ける。
「落ち着いてシャノン。とりあえず誤解があるようだから話をしよう」
向き合って両肩をガシッとつかんだアレックはどうどうとシャノンを諌める。
「誤解?なにが誤解なの?どれもこれも紛れもない事実だと思うけど!?」
喧嘩腰のシャノンを落ち着かせるよう、アレックはゆっくりと落ち着いた口調で話し始める。
「まず、僕は君の父親のような女好きの遊び人ではないから」
「――⋯⋯はあ?」
アレックの言葉が全く理解できないとばかりにシャノンは眉をひそめる。
「シャノン、またそのゴミをみるような目はやめようか」
そうは言うけれど、散々実績がありながら今更何を言っているのかと呆れてしまう。
「そもそも僕はあまり人間が得意じゃなかったんだ、特に女の子が」
確かに、シャノンの知っているアレックはそんな男の子だった。
得意じゃないというよりは興味がないといったほうがしっくりくる。
擦り寄ってくる女の子達を冷めた目と塩対応で蹴散らすという、完全にコミュ障だったアレックが突然遊び人になったのは衝撃的すぎた。
「自己中心的で嘘ばかりつくし、嫉妬深くて他人を貶めようとするし香水の匂いはキツイし、裏表があって強欲でとにかく一緒にいてもつまらなくて、将来そんな誰かと結婚しなければいけないって考えるだけで吐き気がした」
めちゃくちゃ言うやん、と思いながらもシャノンは反論せず大人しく耳を傾ける。
「でもシャノンだけは違ったんだ。一緒にいて楽しいし嫌な所が一つもなかった。僕はシャノンの全てが好きになったし、シャノンと一生一緒に生きていきたいと思った。だから結婚することに決めたんだ」
「いや勝手に決められても」
「幸い僕は公爵子息だから、僕が望めばシャノンは手に入る。高位身分なんてハイエナが寄ってくるだけの煩わしい餌だと思っていたけれど、あの時ばかりは身分に感謝したよ」
ニコリと微笑むアレックにシャノンはゾクリとする。
「それが本当なら⋯本当にそこまで想ってくれていたのなら、なんで⋯⋯」
全く理解ができないとばかりにシャノンは懐疑の目を向ける。
「僕の人生にシャノンは必要だと確信したから直ぐにでも婚約を申し込もうとしたんだ。でもその頃、シャノンの母親が亡くなってしまった⋯⋯君は悲しみに暮れていたし、カスタラント男爵家も女主人を失って混乱している中、婚約なんて言い出せる状況じゃなかった」
「ああ⋯⋯」
その頃か、とシャノンは当時を思い返した。




