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突然疎遠になって遊び人になった幼馴染が結婚を迫ってきます。  作者: 那由多芹


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「私達は割り切った関係だった。たがらこの想いは胸の奥底にしまって自分の人生を進むべきだって分かっている。けれど⋯⋯私はもう嘘はつきたくないの」


 クラリッサの瞳は少し揺らぎながらも真っ直ぐにアレックを見据えた。

「私はアレック様のことが好き。アレック様を本気で好きになってしまったの。」

「クラリッサ⋯⋯」

「約束を破ってごめんなさい。でもどうしてもこの気持ちは抑えることが出来なかった。貴方と過ごした日々は楽しくて幸せで⋯貴方とずっと一緒にいたいと願ってしまった」

 クラリッサは両手でアレックの胸元を掴み、懇願するようにアレックを見つめた。


「アレック様がシャノンさんを本気で好きだということは分かったわ。でも、淋しくて⋯⋯アレック様ともう微笑み合う事も触れ合う事もできないと思うと淋しくてたまらなくなるの。こんなことをいうのはルール違反だって分かっているけれど、最後に一度だけ⋯⋯一度だけでいいからキスしてほしいの。そのぬくもりを胸にこれから生きていきたい」


 親密な関係だった時、アレックはひたすら優しくてクラリッサのどんなお願いも我儘もきいてくれた。

 関係を解消したとはいえ特別な仲だったのだからアレックはクラリッサの願いを叶えてくれるに違いない。

 たとえそれがシャノンを裏切る行為になろうとも、たかがキスなのだから自分の最後のお願いの方が優先される。

 きっと以前のように優しく笑って自分の頬をそっと撫でながら口づけてくれるはず、最後にそれくらいの情はかけてくれるはず。


 ―――クラリッサはそう思っていた。

 けれど、そう期待しながら見た目の前の愛しい男は以前のような優しい瞳ではなく、クラリッサは自分の心臓が嫌な音を立てるのが分かった。

 

「クラリッサ、ごめん。それは出来ない」


 アレックは自分の胸もとを掴むクラリッサの手をとり、ゆっくりと下に降ろした。

 優しい口調だけれど、その碧い瞳にははっきりと拒絶の意思が表れている。


「僕はシャノンが好きなんだ。彼女を裏切る行為は絶対にしない。何より僕自身が彼女以外に触れたいとはもう思わないんだ」

「⋯⋯私に触れたくないってこと?」

「そうだね」

「――っ、酷い。あんなに優しかったアレック様がまるで別人みたい」

 以前のアレックなら言わないような言葉にクラリッサはショックをうけた。


「別人と言われればそうかもしれない。本来の僕は優しくなんかないし、嫉妬深くて粘着質で独占欲の塊のような碌でもない男なんだ。きっとクラリッサはドン引きすると思う」

「そんなこと――」

「クラリッサが好きになってくれた僕はまやかしなんだよ。女性に好かれるように作り上げた偽りの自分なんだ」

「⋯⋯⋯⋯」

 そんなことはないと反論したかったけれど、現に別人のようなアレックを見てクラリッサは自分の気持ちがわからなくなってしまった。

 自分が好きになったのは紛れもなく優しくて包容力のあるアレックなのだから、それがまやかしだと言われてしまってはクラリッサは返す言葉を失う。


「クラリッサ、君には感謝している。どうかこんな身勝手で最低な男の事は忘れて、君が好意を持ってくれた“アレック・マクリール”を綺麗な思い出にしてほしい」

 そう言って悲しそうな目をするアレックにクラリッサは胸が締め付けられる思いがした。


 自分が好きな人は紛れもなく目の前にいる。けれどその人は以前とは別人になってしまっていて、自分ことを受け入れてはくれないことを認めるしかないとクラリッサは思った。

 

「⋯⋯確かに、考えてみれば、何年も本人には接触していないのに影でずっと好きだったとか言い出していきなり勝手に婚約するとか、とんでもなく陰湿で粘着質のヤバイ男よね」

「だよね」

「一歩間違えばストーカーとか、変態だわ」

「その域に達してるよね」

「シャノンさん、可哀想⋯」

「僕もそう思う」


 あまりにアレックが同意するのでクラリッサは思わずクスリと笑ってしまった。

 そして何かが吹っ切れたかのように、ふうっと軽く息をつきソファーから立ち上がった。


「私、変態は好きではないわ。アレック様ごめんなさい」

 そう言うとクラリッサはアレックと向き合って目を合わせた。


「私なりにけじめをつけたくて最後に、って⋯⋯そんなの言い訳だったわ。結婚相手と幸せになれるか急に不安になってしまって、その不安をまたアレック様に甘えることで誤魔化してしまいたかっただけなの」

「うん」

「困らせてごめんなさい」

 

 クラリッサが申し訳なさそうに目を伏せるとアレックも立ち上がり、そっとクラリッサの手をにぎった。

「クラリッサなら大丈夫。君は愛情深い人だから結婚相手ときっと幸せになれる」

 アレックの碧い瞳に見つめられ、言いようのない感情が込み上げてきたクラリッサは涙を溢れさすまいと上を向いた。


「私に触れていいのですか?」

 涙を悟られぬよう、意地悪っぽくクラリッサが指摘するとアレックは軽く笑った。

「友人と握手するのは異性に触れるのとは違うだろ?」

「確かに、そうかも」


 友人という言葉にクラリッサは嬉しさを感じながらも、これがアレックの最後の温もりなのだと痛感した。

 また溢れそうになる涙を必死に抑え、クラリッサはアレックに笑いかける。


「アレック様、ありがとうございました。私、幸せでした」

「僕の方こそ、ありがとう」

「幸せになって下さいね」

「もちろん。君も」


 言葉ではなく精一杯の笑顔でアレックに返事するとクラリッサはくるりとアレックに背を向け、ドアの方へ歩き出した。


 見送るアレックに、クラリッサが「あっ」と声を出し振り返る。

「シャノンさんに“ごめんね”って伝えておいてもらえますか?」

 クラリッサのお願いにアレックはあっさり「分かった」と返事をした。

 この様子ではアレックには全てお見通しだったのだろうとクラリッサは思った。



 再びドアの方へ歩き出したクラリッサはアレックに聞こえるか聞こえないかの声で「さようなら。アレック様」と呟いた。



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