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「⋯クラリッサ様のお気持ちは分かりました。ですが⋯⋯」
そう言いかけて言葉を詰まらすシャノンを見てクラリッサは自分の説明では彼女の不安を取り除くことはできなかったのだと思った。
「シャノンさんはアレック様との結婚に乗り気ではないから、あんな噂話を流したのね?」
クラリッサからの質問にシャノンは素直に答えるか迷ったものの、諦めたようにコクリと頷く。
「⋯⋯アレック様が浮気をしたらこの婚約は解消してもらえることになっているんです。だから、ああ言えばアレック様の元に女性が向かうと思って⋯⋯」
「そういうこと⋯⋯」
真相を聞いたクラリッサは驚いたように納得した。
「どうしてそこまでアレック様が駄目なのか聞いてもいいかしら?」
クラリッサの問いかけに、シャノンはここまで言ったのならもう全てを正直にぶちまけようとおもった。
「⋯⋯私の父親は女性にだらしのない人で、子供の頃から母親が苦しんでいるのを見てきました。結婚に夢を抱いている訳ではないのですが、どうしても父親のような遊び人だけは嫌なんです」
「そうだったの⋯⋯それは辛かったわね。アレック様は遊び人ではないと言いたいところだけれど、貴女の価値観は否定できないわね」
アレックを擁護するクラリッサが自分の気持を慮ってくれたことにシャノンは少しホッとした。
「心配して声をかけて下さったのに、何だかすみません」
シャノンが謝るとクラリッサは「謝ることじゃないわ」と優しく答えた。
「⋯⋯でも、私はアレック様には幸せになってもらいたいから貴女との結婚を望むアレック様を応援したいのだけれど⋯⋯それは貴女の意に反してしまうことになってしまうわね」
頬に手を添えながらクラリッサが困ったわね、と呟く。
そう言われてもこちらも困ってしまうので、そろそろフローラが帰ってきてくれないかとシャノンは辺りを見回すも残念ながら、まだフローラの影は見当たらない。
「お気遣いありがとうございます。ですが私のことはお気になさらず――――」
とシャノン言いかけたところでクラリッサがパンッと両手を合わせ、「そうだわ!」何か閃いたように声を上げた。
「いいことを思いついたわ!私がシャノンさんの懸念を払拭するお手伝いをしてあげる」
「えっ」
「アレック様は貴女のお父様のような遊び人ではないと証明してあげるわ」
「し、証明ですか?」
「ええ。アレック様が私の誘いにのるかどうか、それで証明できると思うの」
クラリッサが嬉しそうに話す内容にシャノンは困惑の色を見せる。
「――それは、つまりハニートラップ的な事でしょうか?」
「そうね、平たく言うとそういう事になるかしら」
確かに、親密な関係だった上に気心知れているクラリッサならアレックも油断するかもしるない。
―――だけど⋯⋯。
「それは、ちょっと⋯⋯」
乗り気ではないシャノンにクラリッサは不思議そうな顔をする。
「あら、どうして?とてもいい案だと思うのだけれど。だってアレック様が私の誘いに乗らなければ貴女の不安は和らぐでしょう?そして万が一、アレック様が私の誘いに乗ってきたなら、浮気をしたという事で貴女が望んだ婚約解消ができるのよ?」
まさしくその通りで、クラリッサがアレックを誘惑してくれるなんて願ってもいないチャンスだとシャノンは分かっていた。
体の関係があった二人なら、色々ハードルが下がっているだろうから抱き合ったり、キスくらい挨拶程度にするかもしるない。
それは立派な浮気になるし、晴れて婚約解消に辿り着ける。
――でも、クラリッサにそんなことをお願いしてもいいのだろうか?
クラリッサはアレックと割り切った関係だったのかもしれないけれど、それはそうしないといけなかったからであって、本当のクラリッサの気持ちはどうだったのだろうとシャノンは考えた。
アレックに少しでも恋心がないとは限らないクラリッサにそんなことをさせるのは駄目なことかもしれないとシャノンは思った。
「クラリッサ様のお気持ちは有り難いのですが―――」
シャノンがこの提案を断ろうと口を開いた時、飲み物を抱え息を切らしながらフローラが帰ってきた。
「遅くなってごめーん!混んでたのもあるんだけどケークサレにはフレーバーティーも合うんじゃないかなって思って。そうなると、アップルシナモンとキャラメルどっちにしようか迷った挙句、どっちも買っちゃった。それとカフェラテ買ったら持ち運ぶのが大変で―――あれ?」
時間がかかった理由を長々と語っているフローラがようやく見慣れぬ客人がいることに気付く。
「貴女は⋯⋯クラリッサ様?」
「ええ。シャノンさんに用があって少しお話させてもらっていたの」
「そうなんですか⋯⋯」
フローラは状況がつかめないからか、チラリとシャノンの様子を伺い、シャノンもそんなフローラに気付き大丈夫と目で合図する。
「お二人はこれからお昼なのね。では、私はこれで失礼するわね。シャノンさん、先程の件はまた改めて」
「あっ⋯」
そう言い残すとクラリッサはひらひらと手を振り颯爽とその場を去って行った。




