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「⋯⋯私を諌めないのですか?」
「諌める?なぜ?」
「なぜって⋯貴族令嬢らしからぬ振る舞いをしてしまったので⋯公爵家の婚約者として恥ずべき行動だと⋯」
さすがにあれはちょっとまずかったなと思っていたシャノンはてっきり何か言われると思っていたのに、何故かアレックは嬉しそうにいいね、と言ってくるし、なんなら自分の性格を肯定してくれている事に戸惑う。
「確かに、並の貴族令嬢はあんなことしないだろうけれど、シャノンらしいからいいと思うよ」
「⋯⋯どういう事でしょう?」
笑顔で答えるアレックに、褒められているのか貶されているのか分からず懐疑の目を向ける。
「うん?そうだな、分かりやすく言うと僕はシャノンが好きだってこと」
「――⋯⋯はっ?」
突然の愛の言葉にシャノンは脳内処理が追いつかず、変な間ができてしまった。
――今そんな返事がくるような質問しましたっけ?
動揺するシャノンをからかうかのようにアレックが追い討ちをかける。
「僕は貴族令嬢の振る舞いなんてどうでもいいんだ。シャノンがシャノンであるだけで愛おしい。君を諌めるなんて勿体なくて僕には出来ないよ」
そう言ってアレックがやけに優しく微笑むので、気恥ずかしくなったシャノンは目をそらした。
だいぶ耐性がついたと思っていたけれど、イケメンに至近距離で甘い言葉を囁かれるのはまだハードルが高い。
「だ、だけど、貴族令嬢としての振る舞いも出来ない私が公爵家に相応しいはずがないし、もし、万が一このままアレックと結婚して公爵夫人なんてことになったら公爵家の評判に関わるわ」
目をそらしたままアレックの言葉に反論する。
「⋯シャノン、さっきみたいにアレックと呼んでくれるのは嬉しいけど、万が一っていうのはどういう事かな?もう僕たちは婚約しているし、僕は絶対何があっても婚約解消するつもりはないから結婚は確定したようなもんだよ?そんなあり得ない確率じゃないと思うけど?」
動揺したシャノンはうっかり心の声をそのまま漏らしてしまい、あちゃー、と顔をしかめるがもう遅い。
笑顔で問い詰めてくるアレックの目の奥は笑っておらず、ちょっと面倒な事になりそうたと思ったシャノンは平静を装ったまま強気で誤魔化すことにした。
「万が一なんて言っていませんけど?」
「言ったよ」
「言っていません」
「ふーん、じゃあ僕の聞き間違いかな」
「そうだと思います」
今更認める訳にはいかないので、あくまでしらを切り通すと珍しくアレックが譲歩してきたので内心ホッとする。
「そう、聞き間違いなら良かったよ。シャノンは僕と結婚するつもりは全くないのかも、なんて疑ってごめんね」
アレックは身を屈め、まるでシャノンの反応を楽しんでいるかのように覗き込み、全てお見通しとでも言わんばかりにニコリと笑う。
「聞き間違いは誰にでもありますから、大丈夫です」
その通り、結婚するつもりはありませんよとぶちまけたくなるのを我慢してシャノンも精一杯の作り笑顔で返した。
うふふとお互い乾いた笑いを交わした後、アレックがふっと真顔になった。
「さっき言った事は間違ってるよ」
「え?」
「“シャノンが公爵家に相応しくない”のではなくて“公爵家がシャノンに相応しくない”んだ」
アレックの言葉がどういう意味なのか瞬時には理解できずシャノンは「んん?」と眉をひそめる。
「だけど、ごめん。僕は君がいいんだ」
そう言いながら、アレックは少し申し訳無さそうに微笑んだ。
「それは⋯ーー」
どういう意味?と聞こうとした時、授業の始まりを知らせる予鈴が鳴り響いた。
今はまだ朝で、これから一日が始まる事をシャノンは唐突に思い出す。
「わっ、行かないと」
慌てて教室に戻ろうとするとアレックが「一限くらいサボれば?」と提案してきた。
「ここなら誰にも見つからないし、快適にサボれるよ」
確かに、一般人入室禁止のこの部屋なら誰にも見つからないだろう。
「キッチンがあってお湯が沸かせるからお茶休憩し放題。その上、王族御用達のお茶っ葉とお菓子があるよ」
「⋯⋯王族御用達⋯⋯」
非常に魅力的な誘惑にシャノンの心が揺れる。
王族御用達のお茶っ葉とお菓子って、そんなの絶対にお高くて美味しいやつに決まっている。
――でも、鞄を教室に置いてきたのでサボればきっとエルザが心配するに違いないし、一限目の古典学は私が大好きな先生の授業で、卒業まであと僅かしかない学びを逃したくない⋯⋯。
悩んだ末、シャノンは断腸の思いで王族御用達を諦める事にした。
「⋯⋯いえ、教室に戻ります」
「残念。お菓子じゃ釣られなかったか」
アレックが意外そうに驚く。
「ほぼ釣られかけましたけど、一限は受けたい授業なので⋯⋯」
口惜しそうに言うとアレックは苦笑した。
「それじゃあ仕方ないな。王族御用達のお茶っ葉とお菓子は常備されているから、婚約者特典だと思っていつでも来たらいいよ」
「婚約者特典⋯⋯」
なんて素敵な特典なのかと思ったけれど、婚約解消を目指す身としてはその特典の恩恵にあずかるのは躊躇われた。
「今回みたいに、僕と婚約した事で色々な令嬢から理不尽に絡まれて大変な目に遭っているのだから、それくらいの特典は享受してよ」
「知っていたのですか」
色々なご令嬢から毎日のように婚約解消を詰め寄られているのはアレックには伝えていない。
伝えてどうなるものでもないし、むしろそのご令嬢達がアレックを諦めないよう応援しているのだから言えるはずもない。
「君がどんな目に遭っているか知っていたけど、僕が出て君を庇うのは逆効果だと思って静観していたんだ。ごめんね」
さすがアレック、女性の心理がよく分かっているだてに遊んでないなとシャノンは感心する。
婚約者を虐めるなとアレックが牽制したところで、ご令嬢達はより一層シャノンに不満を積もらせ、火に油を注いだだけだろう。
「まあ、君なら大丈夫だとは思っていたんだけど⋯⋯」
「え?」
「だけど、まさか彼女達の敵意を上手く僕への執着にすり替えて、戦うことなくやり込めるなんて思ってもいなかったよ」
ニコリと意味ありげに笑うアレックにシャノンはギクリとする。
「最近やけに積極的に僕に言い寄ってくるご令嬢が増えて不思議に思ってたんだけど、君が誘導していたとはね」
「⋯⋯」
バレてる!!!
なんてことだ、作戦がめちゃくちゃバレている。
何のことでしょう?という澄ました顔をしながらも内心シャノンの心臓はバクバクしていた。
「でも、そのおかげで僕が君をどんなに想っているか直接彼女達に伝える事ができたし、今後君へ何かしたらそれ相応の報復を受けてもらうから覚悟するよう釘を刺す事ができたよ」
気まずさから視線を逸らしたシャノンを横目にアレックが得意げに続けた。
「結果、君が僕に送り込んだご令嬢達は二度と君を害することはないし、僕に懸想する事もなくなったからとてもいい作戦だった思うよ。さすがシャノン」
褒められても喜ぶ気にはなれない。
ご令嬢達はきっと恐ろしいまでの心理的圧をかけられ再起不能に陥っていることだろう。
つまり、シャノンが送り込んだ伏兵はことごとくアレックに倒されてしまい作戦は失敗に終わっていたということだ。
「ちょっと、何言ってるかわからないですけど、ご令嬢達が納得してくれたなら良かったですね。さすがアレック様です」
悔しさを隠しながら、笑いかけるとアレックは穏やかな微笑みを返してくる。
「アレック」
「え?」
「もうそろそろ“アレック”と」
「いえ⋯⋯」
「何度か素が出て言ってるし、もういいんじゃないかな?」
やっぱりアレックは聴き逃していないし、やり過ごさない。
シャノンが渋い顔をしていると、「ね?」と意味ありげな笑顔で圧をかけてきた。
自分なりにこっそりとやってきたつもりの作戦がまるっとバレていて後ろめたさと恥ずかしさのある今のシャノンに拒否することは難しい。
「⋯⋯分かりました」
シャノンがしぶしぶ了解すると、言質を取ったと嬉しそうにアレックが笑った。
その笑顔を見たら昔のように親しげに接するまいと一線を引いていた自分の意地がなんだか馬鹿らしく思えた。
「も、もう行きます」
そろそろ急がないと本鈴が鳴ってしまう。
退室しようと足早に扉に向かうと後ろから「マフィン本当にありがとう。シャノン」とアレックの声がした。
シャノンは少しだけ振り向いて答えた。
「どういたしまして。アレック」




