↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スノードームを殺してくれ  作者: 染井由乃
第2章 千を翔ける憐れみ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/232

第79話

 アザレアの能力が分かった今、私はそれがどれほど酷なことを意味するのか考えざるを得なかった。


 私は、あと1,2時間程度で絶命する。死が痛いものなのかは分からないが、もし想像を絶するような激痛が伴うならば、アザレアはどうなるだろう。この世のものではないような痛みを生きながら受けるだなんて、残酷にも程がある。純真で、私にこんなにも優しくしてくれた彼女をそんな風に苦しませるわけにはいかない。


 それならば、私はどうすればいいのだろう。にこやかに笑うアザレアの姿が目に映る。私は彼女に救われた。今度は私が彼女を救う番だ。恐らく私に出来ることは一つしかない。


 アザレアが()()()()の痛みを分かち合うというのならば、彼女に私を嫌いになって貰う他ない。少なからず、それはアザレアを傷つけるだろう。でも仕方がない。今の私に出来ることはそれくらいしかないのだ。彼女を救うために、私は決意しなければならない。彼女との友情にも近い絆を諦めなければならない。


 大丈夫。嫌われるのは慣れっこなんだ。


「――……馬鹿だなあ、なんにも知らないで。私の痛みなんか引き受けて」


 私はわざとらしいほどの嘲笑を浮かべ、見下すようにアザレアを見つめる。アザレアはきょとんとした表情を浮かべていた。何を言われているのかよく理解できていないようだ。きっと、シアンに大切に守られて生きてきたから、人に傷つけられることに免疫がないのだろう。これから私がしようとしていることを思えば、罪悪感で胸が張り裂けそうだった。

 

「私を、大切な人だと? 自己満足もいいところだ。私が、『影』であるお前を本当に信用していたとでも思っているのか?」


 アザレアは大きな瞳を揺らしながら、苦笑いを浮かべる。困ったように寄せられた眉を見るだけで、思わず目を逸らしたくなった。感情に疎い私でも分かるほど、明らかに傷ついている表情だ。


「えっと……憐? 何を言っているの?」


「本当に、お前みたいな馬鹿が私の片割れとはなあ……。少し考えればわかることだろう? 私は帝国軍の次期軍師、お前は『影』の信者。これがどれほど大きな差か、お前には分かっているのか?」


 今にも泣き出しそうなほど、目を潤ませて俯くアザレアを本当はもう見ていたくなかった。だが、ここで視線を逸らそうものなら演技だとばれてしまいそうだ。出来る限りの嘲笑を浮かべながら続けなければならない。合崎の訝し気な表情が視界の隅に映ったが、今は彼に弁明をしている余裕もなかった。


「立場なんて……関係ないよ。私たち、双子なんだよ? 一緒に生まれて……本当なら、一緒に生きてくるはずだったんだよ?」


 少しだけ震えながらも、はっきりとした意思を持って、アザレアは私を見つめ返す。守られるだけでなく、自分の意思もはっきりしているとは、私とは大違いだ。アザレアの澄んだ瞳の美しさに戸惑いながらも、私は声を上げて笑ってみせた。


「血に、何の意味があるというんだ? 単に同じ人間から生まれたというだけだろう? 私は血なんてどうでもいい。あんなもの、戦場を彩るものに過ぎない」


 私は一度だけ小さく深呼吸をして、アザレアを睨みつけた。ごめん、ごめんね、アザレア。心の中でそう叫びながら、私は言葉を紡ぎ続ける。


「私は支配者だ。私にとっての人間の区分は、支配者かそれ以外のものかの二通りしかない。感情だの、血縁だのという非合理的なものの存在は認めない」

 

 茫然とするアザレアに、私はありったけの嘲笑を送る。この嘲笑は本当は、こんな方法でしかアザレアを救えない私に向けられるべきものだろう。


「分かったか? 私にとっては、お前も支配されるものの一人でしかないということだよ。いや……お前は『影』だから、排除すべき対象の一人という方が正確かな」


 本当は、私ももう泣きそうだ。アザレアを傷つける言葉を放つ度、私の中で何かが崩れ落ちていく。笑い合った記憶が、大量の銃弾を浴びて泣いているようだった。


「お前が馬鹿で助かったよ。おかげでいろいろと内情を知れたしな」


「憐……冗談だよね?」


 切実なアザレアの声が、冷たい牢の中に響く。私は間を置かずにくすくすと笑ってみせた。


「生憎だが、全部本音だ」


 アザレアの瞳から、大粒の涙が一粒零れ落ちた。今まで見せたどの涙とも違う、深い悲しみが溶け込んだような涙だった。


「今まで笑い合ったことも……全部、嘘だったの?」


「ああ、そうだ。全部、嘘だよ。すべて、お前を利用するための策略だ」


 冷たく言い放とうとしても、言葉の最後が震えそうになる。どうやら故意に人を傷つけるというのは、傷つけられるよりもずっと胸が痛むものらしい。アザレアは未だ私を縋るように見つめてくる。


「そんなの……嫌だよ……ねえ、憐……」


 ふらりと、おぼつかない足取りで彼女はこちらへ歩み寄ってくる。ああ、駄目だ。どうか近寄らないでくれ。これ以上、傷つけたくないんだ。


「っ近付くなっ!」


 私は今にも震えそうな肩を隠すように、合崎にしがみついて叫んだ。アザレアは目を見開いて立ち止まる。


「近付くな……汚らわしい。お前なんて……『影』なんて大嫌いだ!」


 そうだ。「影」なんて大嫌いだ。私たち双子を引き裂いて、しかも彼女を「影」に堕とすなんて。許せない。許せるはずがない。絶対に、許さない。


「私が軍師になった暁には……きっと、お前らの世界を終わらせに行く。すべては、神聖なる帝国のためだ」


 アザレアの両目から、ぼろぼろと涙が零れだす。もう、見ていられなかった。アザレアは、泣きじゃくりながらも弱々しい声で口を開く。


「……どうして、こうなっちゃったのかな。どこで、間違えたのかな……? 私と憐なら、『影』とか帝国とか、好きとか嫌いとか全部を超えて楽しくやっていける気がしてたのに……。知らなかった、憐が、そんなに私たちを憎んでいたなんて……。私が、いろんなことを知らな過ぎたんだね。私がこんなにも子どもだから、憐を傷つけてしまっていたんだね」


 どうして、自分を責めるようなことを言うのだろう。この状況からして、悪いのは誰がどう見ても私なのだから、私を責めて嫌いになってくれればいいのに。あまりにも優しすぎるアザレアに、思わず私は視線を逸らしてしまった。


「どうしたら、許してくれるかな? ……仲直り、出来ないかな?」


「仲直り? 冗談じゃない。私とお前じゃ生きていく世界が違う。縁もこれきりだ」


 出来るだけ冷静を装って、言い放った。アザレアの涙は止まらない。


「そんなの嫌だよっ、憐! 私は、憐のことが本当に大切で、大好きなのに!」


「――何を言ったって無駄だ。帝国を脅かす輩に好かれても、不名誉なだけだ」


「……傷つけたのは、帝国だって同じはずでしょう!? 私たちにだって、正義を叫ぶ権利はあるはずでしょう? シアンの左目は……今もこんなにも痛いままなのにっ!!」


 泣き叫ぶようなアザレアの訴えは、鋭い氷のように心の奥底に深く突き刺さった。きっと、この氷は二度と溶けない。私は、視線を伏せたまま笑ってみせた。


「……お前らの命には、何の価値もない。痛みは、大勢の人間を殺した罰だ。『影』に堕ちたお前に、そんな妙な能力があるのもその因果だろう」


 私はアザレアの方を見ることもなく、罪悪感に肩を震わせて耐えていた。合崎は何も言わず、私の背中に軽く手を回して支えてくれている。今の私には合崎のその沈黙が、軽蔑されているようで怖くもあり、それでも見守ってくれている優しさがありがたくもあった。


「……ねえ、憐、胸が痛いよ」


 それは、初めて聞く、アザレアの暗い声音だった。私の言葉が、アザレアの何かを壊してしまったのかと思うと、どうしようもなく不安になる。


「痛いよ、憐。嫌だよ……っ!」


 泣き叫ぶその声を聞き続けるのは、もう耐えられなかった。私は合崎にしがみついて、顔を伏せる。合崎が戸惑っているのが伝わってきた。


「……憐」


 心配そうな合崎の声に、余計に泣きそうになる。私はそっと小声で囁いた。


「……もう、いい。もう行こう、合崎」


「……いいのか?」


 その声を無視して、私はドアを目指して一歩踏み出した。痣と傷だらけの足は、骨まで痛みが響くようだ。こんなにも痛いのはきっと、アザレアが私を嫌いになって痛みを分かち合うのをやめてくれたからだと信じたい。そう信じなければ、今にも泣き出しそうなこの気持ちのやり場に困ってしまう。


 少しふらついたところを、すぐに合崎に支えられる。今の私には、そのサポートがありがたかった。少しずつ、少しずつドアが近づいてくる。


「待って……憐……っ」


 背後で、泣きじゃくるアザレアの声がする。私はぎゅっと目を瞑った。僅かに目に涙が滲む。自分でも驚いた。いつの間にか、彼女の存在はこんなにも大きなものになっていたのか。


「憐……待ってよ、行かないでっ……」


 合崎が金属製のドアノブに手をかけた。冷え切った部屋に、ドアが開く耳障りな音が響き渡り、少しずつ牢の先の世界が顔を見せる。


「お願いだよ、憐。行かないでっ!!」


 ごめん、ごめんね、アザレア。こんな身勝手な片割れで。でも、アザレアを守る術を私は他に知らなかったのだ。


 どうかわたしを許さないでほしい。心の底から嫌いになってくれ。この傷は、今度は私が引き受ける。


 だから、どうか、幸せに生きて。


 言えなかった言葉を、そっと心の中で繰り返す。どこで生きたっていい、アザレアが幸せに生きてくれれば思い残すことは無かった。


「……さよなら、アザレア」


 決して彼女には届かぬ囁き声で、私はそっと呟いた。もう二度と会うことは無いだろう。冷え切った廊下へと一歩足を踏み出せば、合崎が後ろ手に金属のドアを閉めるのが分かった。もう、アザレアの声は聞こえない。


 私は、分厚い金属のドアに寄りかかって、声もなく泣いた。今ではもう、楽しかった思い出さえも心を痛ませる。死の間際に大切なものを壊してしまった。味わったことのないような罪悪感と喪失感に、ただ涙を流すことしか出来なかった。


 不意に、合崎がそっと私を抱き寄せた。相変わらず、彼は何も言わない。ただ見守ってくれるその優しさに、余計に泣けてしまった。私は合崎に寄りかかるようにして、静かに泣き続けた。合崎の不器用な手が、頭を撫でてくれる。今の私には、十分すぎる優しさだった。


 どんなに涙を流しても、心の奥底に刺さった氷は溶けてくれそうにもない。でも、それでいいのだろう。痛みを忘れなければ、私のこの想いも消えない。恐らくは永遠に伝えられないアザレアへの言葉を飲み込むように、私は泣き続けた。


 私も、アザレアと一緒にいられて、楽しかった。直に私は消えてしまうのだろうが、私は私の意志でアザレアを忘れない。絶対に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。