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スノードームを殺してくれ  作者: 染井由乃
第2章 千を翔ける憐れみ

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第73話(合崎視点)

 対策本部の誰もが、息を呑んでいた。合崎もまた、例外ではない。


 横幅が10メートルはある巨大な正面モニターに表示された経路図は、実に複雑だった。放射状に伸びたメイン通りと思われる8本の大通りと、いつか写真で見かけた蜘蛛の巣のように細かく張り巡らされた無数の小さな通り。その中央には「白」より一回り小さい建物が存在している。その施設の中に、確かに赤い点が二つ表示されていた。どちらも北側に寄っており、互いの距離は近い。


「施設内の経路は不明ですが、一条憐の居場所と犯行声明の発信元は非常に距離が近いと思われます」


 恐らく、特別なフロアに捕らえられているのだろう。そのくらいの想像はつく。


「また、施設周辺の経路に移動型兵器、巡回警備用人工知能を多数確認。照明の存在は確認できておりません」


 その報告に大きな動揺が走った。流石の合崎も動揺を隠し切れない。


 移動型兵器と巡回警備用人工知能の存在も十分に厄介だが、その程度であれば訓練された軍人には容易い道のりだ。問題は、照明の方だった。


 この閉鎖された帝国にとって、照明がないということは完全な暗闇を意味する。仮に暗闇ではなかったとしても、スノードームの外の光を利用しているとすれば、それこそ人間の体は一時間と持たない。そんな限られた時間で、あの複雑な経路を進むのは至難の業だ。はっきり言ってほとんど不可能に近い。少なくとも、大勢で乗り込めば、わざわざ命を落としに行くようなものだ。


 この場にいる全員が、そのことを理解していた。あれほど必死に駆け回っていた大人たちから、明らかな絶望が滲み出す。重い沈黙が、ただただ息苦しかった。


「――一応訊くが、巡回警備用人工知能の型はいくつだ?」


 柊の苦し気な声が沈黙を破った。すぐに彼の部下が応対する。


「――ナンバー10287。……最新型で間違いありません」


 一昔前の巡回警備用人工知能には、光を感知する仕組みが備わっていなかった。常に光に溢れる帝国の中では、そんな昨日は必要とされていなかったのだ。だが、最近になって巡回警備用人工知能が「影」の抜け道調査にも応用されるようになり、光感知システムが搭載されたのだ。最新型の巡回警備用人工知能は、光や何らかの運動を感知すると発砲する仕組みになっている。


 つまり、無闇に通路を照らそうものなら銃撃を受け、かといって照らさなければに進むことも儘ならないのだ。


「『影』に亡命した科学者たちの技術を、こんな風に悪用されるとはね」


 いつからいたのか、雪柳塔長が苦々しい顔で呟く。そうして溜息をつきながら、白いテーブルに寄りかかった。すらりと長い脚が組まれる。


「……で? この状況を受けて君の見解はどうなの? 軍師様の側近君」


 帝国軍軍師は滅多に姿を現さない。次期軍師である合崎でさえ姿を見たことは無かった。今回の案件には、事実上軍師の次に軍事的決定権を持つ、七人の側近中の戦略担当指揮官が軍師からの命を受けてやってきたようだ。


 帝国軍の制服に身を包んだ男性は三十代後半の男性は、厳しい面持ちだった。そうしてしばらくの沈黙の後に、重い口を開く。


「……この案件に帝国軍を動員するのは危険と判断せざるを得ない。みすみす命を散らしに行くようなものだ」


 間違ったことは何一つ言っていない。帝国軍の幹部としてはむしろ正しい判断とも言えた。だが、それを分かった上でも胸が締め付けられるのだ。合崎は広がりつつある絶望に軽く視線を伏せた。


「……そうでしょう。大規模な戦闘になっても厄介だもの」


 雪柳塔長は物思いに耽るように、すっと瞼を閉じる。今にも眉間に皺が寄りそうだ。


「だが、帝国軍としては次期軍師の命は救いたい。今、D地区で起こっている大規模テロの鎮圧に向かっている少数精鋭部隊を呼び戻せば――」


「何日かかるの?」


 塔長が鋭く切り返す。側近は躊躇いがちに答えを口にした。


「三日――早くても二日はかかる」


「じゃあ、無理。画面越しだけれど一条の傷を診る限り、今から動いて一日で片付かなければ、多分、死んでしまう」


 残酷なほどにはっきりと塔長は告げた。薄々恐れてはいたことだが、いざ言葉にされるとぞっとする。血の気が引いていくのを感じた。何もしなければ、憐はあと一日ほどで死んでしまう。


「そんな状態で『影』に惑わされたらどうなる?」


 第一の塔司令室室長が、何の躊躇いなく指摘をした。その遠慮のなさが柊の気に障ったようで、柊らしからぬ冷静さの書いた口調で反論する。


「馬鹿な。憐に限ってそんなことはあり得ない」


「どうだろうな。極限状態では、いくら柊殿の洗脳があったって、その効果は期待できないぞ」


 室長だって、無闇に柊の怒りを買いたいわけではない。「白」の幹部の一人として、自分の意見を表明しているだけなのだ。室長は小太りの腹を揺らしながら、柊の前に立つ。


「一条憐は知りすぎている。もしも情報が『影』の手に渡れば、多くの命を失うことになりかねない」


 本部に沈黙が走った。不吉な兆しだ。合崎はその重苦しい絶望の中で、自分を保つことに必死だった。


「――何が言いたい」


 普段の穏やかな物腰も忘れて、柊が怒気を滲ませた声で問う。室長は、背の高い柊を見上げるようにしてはっきりと告げた。


「優秀な君なら、とっくに分かっていると思うがね。だが、認めないのならはっきり言う他にあるまい。――一条憐に自決命令を出すべきだ」


 一番恐れていた言葉が、嫌に明瞭に響き渡る。誰もが気まずそうに瞳を揺らしては、視線を伏せた。


 そんな中、合崎だけが一歩踏み出し、大人たちを睨むように問いかける。


「待てよ。……憐に、自殺させるっていうのか? 本気か?」


 室長の冷静な瞳が合崎を捉えた。その瞳に一片の憐れみを見た気がして、それが余計に合崎の怒りを買った。


「――若き命を散らすことはいつの時代も心苦しいことだが……止むを得ない。軍人としては、名誉ある死だろう」


「……憐の能力を鑑みてもそう言うのか? 彼女ほどの記憶の持ち主はこの帝国のどこを探したっていやしない」


 合崎は畳みかけるように実長に詰め寄った。対策本部中の視線を集めているのを肌で感じる。


「――記憶など、人工知能でも代用可能だ。むしろ『影』に囚われている今、一条憐の存在は脅威でしかないのだよ」


 何だ。何なのだ、この流れは。怒りにも焦りにも似た気持ちが込み上げてくるのを合崎は感じていた。


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