第52話
夕食を終え、私はベッドの上に寝転びながら壁に埋め込まれた幅1メートルほどのディスプレイを眺めていた。今日も流れるのは帝国に思想統制されたニュースや音楽番組、名前も知らない女優が主演の連続ドラマだけだった。教室で女子生徒がよく芸能人の話題で盛り上がっているが、私はその輪に入れない。孤児院で育ったせいで、幼い頃見る番組といえば専ら教育番組であったし、その影響か今でもニュースや情報番組をチェックする程度に留まっていた。
孤児院にいたころは気づかなかったが、どの情報番組も巧妙に思想統制と情報規制が為されている。私はまだ、その事実に気づけただけ幸せなのだろう。幸か不幸か帝国上層部の人間は皆それを知って育ち、今度は自分たちが洗脳する側に回るのだ。私も例外なく、いずれはその一員になる。
私は仰向けになって、白い天井を見つめた。情報番組の若いキャスターの声が白々しく響いている。何度思い描いてみても、私の未来は重くて暗い。次期軍師と謳われたところで、所詮は合崎の付属品なのだ。きっと、私単体には何の期待も寄せられていない。それでも何とも思わないつもりでいたのに、心のどこかでそれを悔しいと思ってしまう自分がいた。自由を奪われた割に存在意義もないなんて、相変わらず生きているのか死んでいるのか分からない毎日だ。
せめて合崎よりも射撃の腕が上回っていたら、せめて合崎よりもナイフ捌きが素早かったのなら、私も次期軍師として一つくらい誇れるものがあったかもしれないのに。
努力を怠っているつもりはないのになあ。
私は深い溜息をついて両手で視界を覆った。分かっている、努力をしたところでどうにもならない性質のものも世の中にはあるということを。多分これは、私と合崎の生まれ持った才能の差なのだ。
合崎がただ「空兄様」でいてくれるだけだったのならば、私はきっと「憐」として彼の才能を心から誇らしく思えただろう。それなのに、学院に入ったことで「ライバル」になってしまったからいけない。
駄目だ。自分のことを考えるとどうにも思考が暗くなる。私は上体を起こし、ディスプレイに視線を戻した。気を紛らわせて眠ってしまおう。目が覚めたころには、少しは気分が軽くなっていると信じたい。
ディスプレイの向こう側で、若いニュースキャスターは人身売買の闇ブローカーについての話題を読み上げていた。珍しい話ではない。帝国にはびこる闇ブローカーの数は把握できておらず、毎日のように帝国警察に摘発されている。千翔のような子供は、帝国内に何万人といるのだ。そしてそのうちの何百人という子どもたちが、劣悪な環境の中で今日も命を落としていく。画面に映し出された光のない牢獄のような部屋にかつて千翔も生きていたのかと思うと胸が痛んだ。
私はそのままディスプレイの電源を切った。気分は紛れるどころか一層沈んでしまったような気がする。諦めて私は枕に頭をつけ、ぎゅっと目を閉じた。
鏡で確認しながら、学院指定の深い群青色のネクタイを結ぶ。朝、街の大通りの方ではよく名門の女子学院の生徒たちを見かけるが、彼女たちの胸元で揺れるリボンはどうしてあんな風に整っているのか分からない。私は結び方こそ忘れないにしろ、射撃以外の繊細な作業は苦手なようで、入学当初は柊に何度もネクタイを直されていたものだ。
私は鞄を片手に、部屋を後にする。ゆっくり歩いていっても間に合うだけの余裕があった。
「おはよう、憐」
部屋を出てすぐの大きな廊下で、偶然にも柊に出くわした。寝不足なのか、彼の目の下には隈が出来ているようだった。
「ああ、おはよう。……相変わらず、大変そうだな」
「いつものことだよ」
曖昧に笑って柊は言う。その様子では夜通し仕事をしていたのだろう。
「でも、君たちはいつも通りではないようだね。空が憐を待たずに先に行くなんて」
にやりと含み笑いをする柊に、私は動揺を隠し切れなかった。昨日の口論のせいで仲たがいをしていることが既に彼にばれていることにも驚いたが、何より合崎が私を置いて先に行ったことが意外だった。合崎はたとえどんなに悪態をついても、一人で行けと言っても、朝は必ず私を待つか、見つけ次第隣を陣取っていたのに。
「いつもより元気なさそうに見えたよ、空。傷つくようなこと言った?」
私は即座に昨日の記憶を辿った。殆どいつもと同じような中身のない口論だ。
「別に、いつもと変わらない――」
そう言いかけて、思わず口を噤んだ。あった。一つだけ、普段は口にしなかった言葉が。
「……嫌いだって言った」
それは今まで直接言葉にしなかった言葉だ。行動に表してはいても、明確な言葉にしたことは無かった。さっと血の気が引いていく。
「まあ、憐にそんなこと言われたら、空も落ち込むだろうね」
反論したかったが、今回ばかりは私に非がある。いくら腹立たしいといっても、本気で傷つけるつもりはなかったのに。今になって急に後悔の念が押し寄せた。
「ちゃんと仲直りするんだよ。空をあんまり病ませないように」
それじゃあ今日も頑張って、と手を振り私に背を向けた柊の後姿を私はしばし見つめていた。朝の貴重な時間が過ぎていくにもかかわらず、私はしばらく考え込んでしまう。
仲直りって、何て言えばいいんだろう。




