第49話
「白」の中では珍しい手動の大きな白い扉が、今にも開かれようとしていた。私の車椅子の後ろに、「第六の塔」の一人がスタンバイをする。次期軍師とは言えども、帝国軍の軍人に車椅子を押してもらうのは何だか気が引けるというものだ。
重厚な扉が少しずつ開かれていく。広々とした大広間には、大勢の関係者が肩を並べていた。長い通路の先の祭壇に並べられた白い棺が視界に入り、僅かに脈が早まっている。あの中に、咲さんが。優し気なあの笑顔が蘇り、フラッシュバックを押さえるのに必死だった。
そうしてゆっくりと、私たちは歩き出した。何百人もの視線を一身に受けるのを肌で感じる。やはり、注目されるのは苦手だ。気を抜けば、「実験」の日々を思い出して吐き気を催しそうだった。真っ白な人工花をぎゅっと握りしめ、何とか気持ちを落ち着かせる。
やがて、祭壇の前まで来ると、私の車椅子を押していた軍人は音もなく姿を消した。参列者の一番前で、私と合崎の二人だけが取り残される。追悼式らしい張り詰めたような重い空気が厳かにも思えて、やはり緊張してしまう。
人工花は、車椅子に乗ったままでは捧げられないので、合崎に手渡す手筈だ。そろそろ頃合いかと思い、隣に立つ礼服姿の合崎を見上げる。その凛とした面持ちは、何百人もの視線を背に受けていてもぶれることは無かった。彼の視線はある一つの棺に向けられていたようだが、すぐに私の視線に気付いた彼は軽く私の方へ向き直った。
私はそっと人工花を差し出すが、合崎の手がそれを受け取ることは無かった。むしろ、合崎の持っていた人工花をなぜか手渡される。打ち合わせと違う動きを見せる合崎に戸惑うのも束の間、彼の腕が不意に私を車椅子から抱き上げたのだ。
「……合崎、お前、何して……」
囁くように小さな声で反論するも、彼がそれを聞き入れることは無かった。前列に座る要人たちからも囁き声が聞こえてくるが、合崎が気にする様子はない。だが、その視線は特定の人物に注がれているようだった。私は動揺しながらも彼の視線の先を辿る。
その先には、黒く質の良いスーツに身を包んだ院長がいた。ここ「白」のトップに君臨する男性だ。院長の隣には、黒いワンピースに身を包んだ雪柳塔長の姿もある。院長は要人たちの囁き声の中でも表情一つ変えず、鋭くも思える眼差しで合崎を見ていた。どことなく、合崎の持つ雰囲気に似ているものがある。それがいわゆる支配者の風格というものなのだろうか。
やがて合崎は、不遜にも院長に向かって冷笑した。一瞬で、ひそひそと話していた要人たちも口をつぐむ。式場全体が凍り付いたかのように、完全な沈黙に包まれていた。
冷笑した合崎の目は、どこまでも深い闇だった。悲しみだった。軽蔑であり、怒りでもあった。そして何より、支配者の目だった。一番彼と長く過ごしている私でさえも怯んでしまうほどの、絶対的な支配力が彼にはあった。命さえも、合崎の手中にあるような、そんな錯覚を覚える。時が止まったような式場の中で、合崎と院長の二人の支配者の目だけが生きていた。
院長はしばし合崎を見つめていたが、やがて意味ありげに微笑する。息もできないような張り詰めた空気の中、悠々と微笑むことのできる院長は流石だとしか言いようがない。
まるで随分と長い時間を過ごしたように思えたが、この一連のやり取りは一瞬のことで、合崎はすぐに祭壇の方へ向き直った。
「花を置け、2本ともだ」
合崎は献花台の方へ一歩踏み出すと、小声でそう指示した。いまだ動揺の残る私の手は微かに震えていたが、幸いにも花を落とすことは無かった。私は彼に抱き上げられたまま、そっと白い人工花を捧げる。
彼に抱き上げられたことで視線が高くなり、ようやく白い棺の全貌を見ることが出来た。シンプルながらも質のよさそうなその白い箱の中で、共に作戦を戦い抜いた仲間が眠っているのだ。それぞれの棺には名前が刻まれており、彼らが愛用していた銃も傍に置かれている。――もっとも、原形を留めていないものが殆どだったが。
咲さんの名前と、銃口の歪んだ小銃はすぐに見つけることが出来た。他の生徒の武器に比べると損傷が少ないことからも、彼女が辛うじて「白」で延命できた理由に納得がいく。爆発にもろに巻き込まれるようなことはなかったのだろう。それが幸いだったのかは、今となっては分からない。
軽く目を瞑り、哀悼の意を捧げる。咲さんも、音森も、名前も知らない仲間も今は静かに眠っている。せめて最期の瞬間が安らかであったことを祈りながら、彼らの死を悼んだ。
若すぎるその命を散らして得たものは、信者の大量虐殺だという。狂った世界だ。いくら穢れのない白で埋め尽くしても、この帝政は闇色だった。そんな帝国で生きていく私たちもまた、どこかおかしいのだろう。この闇色は、きっと明日も変わらない。スノードームで世界を封鎖した時点で、この帝政の定めは決まっていたのだ。
それでも、こんな闇の中でも私たちは白に憧れて生きていく。いつかは変わると心の中で妄信している。それは限りなく不可能に近いことなのだろうが、なぜだろうか、合崎ならきっとこの帝政を白へ導ける気がするのだ。今よりももう少し近いところまで、連れて行ってくれるように思えてならない。
合崎と不意に目が合い、私はその怜悧な瞳に一人誓った。私はきっと、「一条」として彼と共に戦い、「憐」として想いを繋いでいこう。孤独で絶対的な力を持つこの支配者を支えるために、私はきっとここにいるのだ。
合崎は静かに私を車椅子の上に戻すと、改めて祭壇を見据えた。私たちはごく自然に息を合わせて、14の棺に向かって慎ましく敬礼をする。それに続いて、背後の参列者たちも礼をするのが気配で分かった。
やがて合崎が祭壇に背を向けると、どこからともなく「第六の塔」の軍人が現れて私の後ろに控えた。参列者たちの視線を真正面から受けても、合崎は物怖じすることなく足を進めていく。誰もが皆、合崎を次期軍師として畏れているようだあった。恐らく参列者たちの心は式典が終わるまでずっと、合崎に捕らわれ続けていただろう。




