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スノードームを殺してくれ  作者: 染井由乃
第1章 空の憐れみ

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第45話

 検査を終え、新しい包帯を巻いてもらった私は柊と共に病室へ戻ってきていた。時刻は正午をまわったところで、昼食準備に追われる看護師たちが目についた。彼女たちは一日中忙しそうだ。


「順調だね」


 柊は、病室の壁に埋め込まれたディスプレイに映る電子カルテを見てそう告げる。そこに表示される略語や数字の意味は、いくら軍人候補生とはいえ分からないものの方が多い。 


「予定より少し早いけど、午後も体調がよければ夕方には飲み物くらいは飲んでもいいらしいよ」


 それは朗報だ。何も口にしない日が2日間も続くのはやはりどこか物寂しいものがある。


「レモンティーがいいな」


 素直に強請ってみると、柊は快く了承してくれた。彼は甘やかすことに関しては帝国レベルで見てもトップクラスだろう。


 柊はディスプレイに触れ、電子カルテを閉じるとベッドサイドの椅子に座った。こんなにも長く柊と過ごすのは、久しぶりのことのように思う。彼はいつも仕事に追われていてゆっくりと話をする暇がないのを常々残念に思っていただけに、こうして傍にいてくれるのは素直に嬉しかった。


「やけにご機嫌だな。そんなにレモンティーを飲めるのが嬉しい?」


「それもあるが、柊とゆっくりできるのが嬉しいんだ。でも、もし無理をしているのならすまないとも思う。……仕事は大丈夫なのか?」


「可愛いことを言ってくれるね」


 柊の温かい手が一度だけ私の頭を撫でた。もう15歳になっているのだが、彼の中では私はいつまでも子供なのだろう。それを少し悔しく思う自分もいた。


「今の仕事は、主に今回の作戦に関することだけだからね。生存者とその親族との意思伝達、それから幹部会への報告ってところだからいつもより忙しくないよ」


「そうか……それならいいんだ」


 今回の作戦のことが話題に上がると、やはりどうしても気になってしまう。昨日は体調が悪いからという理由で、合崎にはぐらかされてばかりだったが、柊ならば答えてくれるだろうか。


「今回の作戦では、何か収穫はあったのか?」

 

 なるべく他愛のない切り口から問いかけてみる。柊は僅かに微笑みを濁らせたが、はっきりと答えてくれた。


「研究所の崩壊と君たちの戦闘のおかげで、ここ数年では最大の信者狩りが出来た。一度に数百人規模の信者の命を奪えたというだけでも、まず一つの大きな功績だ」


 話だけを聞けば称賛されるような功績なのだろう。私はふっと動かせる左手を見つめた。数百人規模の信者狩りは、帝国軍の成しえたことであったとしても国中から称賛されるレベルだ。それを学院の学生がやってのけたのだから、一部の熱狂的な支持者たちにとっては私たちは英雄に近いのだろう。


 それでも、私の気分は晴れやかではなかった。帝国の均衡を脅かす存在がまた少し減ったのは誰の目からしても朗報だというのに、この手に残る生温かい感触は手放しに喜ぶことを許してはくれない。いくら褒められようとも、私は人の命を奪った。それも、あんなにもたくさんの。軍人としては仕方のないことなのかもしれないが、私はこの先も自分が奪ったの命の重さを抱えて生きていくのだ。目を逸らすことは許されない。


 まるで、私を撃ち抜いたあの若い研究員の呪いにかかってしまったようだと一人、自嘲気味な笑みを零す。


「それから、『影』の組織もだいぶ明確になってきた。――これは、憐と空が送ってくれたデータのおかげだよ。もう少し落ち着いたら、帝国軍も本格的に新たな動きを見せるだろう。これは『影』対策の貴重な資料になる。お手柄だったね」


 それに関しては素直に嬉しかった。初めて帝国の役に立ったという実感が湧く。もっとも、それに喜びを感じてしまうあたり、私も所詮、洗脳されている帝国民と大差ないのだなと思わざるを得ないのだが。


「……そう言えば、憐は追悼式に出たいんだって?」


 不意に柊が切り出した話題に、私は食いついた。良かった。合崎がちゃんと話を通してくれていたのだ。


「一緒に戦った人たちなんだ。ちゃんと見送りたい」


 正直に自分の気持ちを伝えると、柊は困ったように微笑んだ。私の気持ちを汲み取ってくれているのだろう。


「憐の体調のことを考えると、僕としては許可したくないんだけど……」


 柊は珍しく、言葉に詰まっているようだった。私はそっと彼の顔を覗き込むようにして、続きを待つ。やがて私の目を見た柊は、どこか諦めたように溜息をついた。


「……実は、追悼式で憐と空が学院を代表して献花する案が挙がっているんだ」


 それは予想外の展開であったが、私にとっては好都合だ。


「それは……私たちが生存者だからか?」


「それもあるだろうけど……帝国の要人や軍の将校たちに次期軍師をお披露目する意味合いも捨てきれないと思ってる」


「それは、まずいことなのか?」


 思わず聞き返してしまう。それは遅かれ早かれ通る道なのだはなかろうか。私と合崎以外に軍師候補がいるという話も聞いたことがないので、自然と覚悟していたことではある。


「公式ではなくても多くの人の目に晒されるということは、それだけ憐と空が次期軍師であるという事実を知る人が増えるということだからね。妙なことに巻き込まれないか心配だよ」


 柊の言いたいことが分からないわけではなかった。今でこそ、私たちを次期軍師だと知る者は学院の生徒と「白」や帝国軍の幹部くらいなものだが、追悼式に出席すれば私たちのことを知る人は格段に増える。それは、「影」の耳に入る可能性も高まるということだ。最悪、標的にされるようなこともあるかもしれない。少なからず、危険性が高まるのは事実だろう。


「……まあ、そう案ずるな。私たちの住む『白』は帝国一安全な場所じゃないか」


「君たちがずっと『白』の中にいてくれれば、もちろん安心するけど……そうもいかないから不安なんだよ」


「相変わらず心配症の教育係だな。大丈夫だ。私たちはそう簡単には死なない。現に、今回の作戦からもちゃんと帰ってきただろう?」


「……無事に、とは言い難いけどね」


 まあ、正式に決定したらまた知らせるよ、と憂いを帯びたままの表情で柊は告げた。この調子ならば、何とか追悼式には参加できそうだ。


 この流れで、昨日からずっと気になっていることを尋ねてみてもいいかもしれない。何気ない調子で聞いてみようと、私は意を決して口を開いた。


「……なあ、柊。私たちは、なぜ助かったんだ? あんな状況でシャッターが開くなんて……どういう訳だ?」


 視線を伏せていた柊が、驚いたように顔を上げる。そして私と目が合うと、若干気まずそうにすぐに視線を逸らした。柊も言いにくそうだ。それほどまでに複雑な事情が絡んでいるのだろうか。


「……空に訊いても答えてくれなかったんだね」


「上手くはぐらかされた。だから柊に訊いているんだ」


「じゃあ、僕は教えてあげるけど、空の前ではあまりこの話はしないように」


 釘を刺されたが、そのくらいは問題ない。私は黙って頷いて見せた。


「……シャッターが開いたのは、人為的なものだよ」


 それは薄々勘付いていた。あれだけ設備の整った研究所で、防災用シャッターがいざという時に故障して開いてしまうとは考えにくい。そうなると、誰かが最上階の緊急管理室で捜査してシャッターを開けたとしか考えられないのだ。


「緊急管理室からは、十代女性の焼死体が見つかった」


 まるで報告書のように淡々と告げる柊に、思わず聞き返してしまう。


「……十代女性?」


 研究員の誰かが仲間を助けるためにシャッターを解放した可能性は考えてはいたが、十代というのは研究員にしてはいささか若すぎる。中には学年を飛び級して十代で大学を卒業するような秀才もいるのかもしれないが、それにしても違和感が残る。


 そうなると、残る選択肢は一つしかない。さっと血の気が引いていくのが分かった。


「……学院の生徒か?」


 柊は静かに頷いた。心が揺れ動くのが自分でもわかる。あの火災と崩落の中を、私と同年代の女子生徒が自らの命を顧みることもなく一人で突き進んでいったというのか。


「……まあ、今回の作戦に参加している生徒ではなかったのだけれどね」


 柊のその一言は、衝撃なんていうものでは済まされなかった。そう言われて思い浮かぶのはただ一人だ。高飛車な態度や栗色の綺麗に巻かれた髪、制服に似合わないはずの赤い靴が鮮明に蘇る。


「……音森か?」


 出来れば否定してほしかった。だが、ゆっくりと頷く柊を見て、不安は絶望へと変わる。


 音森のことを忘れていたわけではなかった。だが、彼女のことだから上手いこと逃げ延びて、今頃優雅にお茶でも嗜んでいるだろうと思っていた。


――偉大なる帝国のために、そして親愛なる次期軍師様のために尽くします。


 彼女が合崎に誓った言葉が、まるで目の前に彼女がいるかの如く蘇った。あの言葉は、嘘ではなかったのか。命を賭してまで、合崎を守り切ったというのか。


「……敵わないなあ」


 別に彼女のことを気に入っているわけでも、親しくなりたいわけでもなかった。散々嫌がらせを受けてきたのだ、むしろ嫌っている方が自然なくらいなのに、心の中に広がっていくこの感情は何だろう。悲しみというにはあまりにも安易で、泣き出すことさえできず、私は詰まる言葉を紛らわすように薄く笑うことしか出来なかった。


 認めざるを得ない。彼女は信者ではなく、第一帝国学院の生徒だった。立派な軍人候補生だったのだ。合崎に誓った忠誠もこれ以上ないくらいの形で果たされた。音森の満足そうな顔が目に浮かぶ。死後の世界があるのならば、さぞ優越感に浸っているだろう。私は音森に生かされたのだ。


「それで? 合崎は何か言っていたか?」


 自分に忠誠を誓って死んだ少女の訃報を聞かされた合崎は、どんな表情を浮かべただろう。純粋な興味からの質問だった。


 柊は、報告書の続きを読み上げるかのように淡々と告げる。


「――ただ、笑ってたよ」

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